Topic of 10 with the image from the numbers  
-数字からイメージして10のお題-

03.三歩




彼はいつでもあたしより三歩前を歩く。

だから、あたしがいつもよく見ているのは後ろ姿。

もっとも隣だろうと逆だろうと彼は顔をめったに見せないけれど。



 

「……ゼル、ちょっと待って」

あたしの声に彼は後ろを向く。

布で覆ったその顔は目だけが見て取れるけれど、怪訝そうな表情だった。

あたしが歩んでいた足を止め、眉をしかめて前かがみになっているからだろう。

 

「……どうした」

「なんかちょっと。さっきから痛くて」

「腹か」

「ごめん。拾い食いした記憶はないんだけど。ちょっと休まない?」

無理矢理笑って言う。

本当に心当たりはないのだけれど下腹部がきりきりとする。

気持ちも悪い。

 

彼はまじまじとあたしを見て、少し考えた挙句結論を出す。

「――そうだな。ここで宿を取るか」

幸い立ち止まったここは通り過ぎるつもりだった町の中だった。



 

「後で様子を見に来る」

ん、とあたしは自分の部屋に入る前に言ってくれるゼルにうなづく。

そうして部屋によろめきながら入れば、あ、中が暗い、と入るなり思った。

けれどそれは間違いだと気づく。ベッドに吸い込まれるように倒れこんでいる自分がいて。

目の前が真っ暗になった。だからだと。

起き上がろう、と思うのに起き上がれない。嫌な汗がにじむのがわかる。そしてただ体の痛みだけが増す。

 

もしかしてこのまま死んでしまうんだろうか、と動けない暗闇の中思う。

だって今までこんなことありえなかった。

ちょっとした風邪ならひいたことはあるけれど、それとはあきらかに違う感覚。

自分の体が自分で一番よくわかる、という話をよくきくけれどあたしはあたしの体がわからない。

普通の人間とは生まれが違うから。

 



――コピー・ホムンクルス。

魔族から生み出された。

それの死に行くさまをあたしは殺されるという形でしか見たことがない。

知らない。それ以外の死に方を。

オリジナルのリナと同じように朽ちるんだろうか。オリジナルのリナがかかる病気に同じようにかかるんだろうか。

―――今リナはどうしているのか。

 

まとまらない考えを頭にめぐらせてる中、声が遠くから聞こえた。

ゼルの声。部屋に入ってくる気配。腹部の痛みに耐え、目の前が暗いあたしにはうめいてしか答えられない。

あまり聞かない彼のあせった声がした。

「今助けを呼んでくる」

そういって離れていく気配。

彼の後姿。初めてそれが、かなしい、と思った。

 

彼は旅を一緒にするようになってから、いつもあたしの前を三歩進んで歩く。歩幅の問題。単純に言ってしまえばそうかもしれない。

それに、後姿を追いかけるのを嫌だと思ったことはなかった。無理に合わせてほしくないのもあるけれど。

だって知ってる。あたしが呼べばゼルはすぐに振り向いてくれる。さっきの様に。

そして、普段彼は何も世界を知らないあたしの前を先に歩いて導いてくれる。

その姿は親鳥と雛のようなのかもしれない。それとも別のか。

でもどちらにしろいつも与えられるのは安心感。

なのに今与えられているものは別のもので。

―――今は三歩戻ってきて。

 

あたたかいもの、つめたいものがあたしの体に触れる。

女の人の声。そして。

「もう、大丈夫だから。安心しろ」

そう落ちついたゼルの声がして、心なしか楽になった。




 

 

 

「―――心配かけてごめん」

半日かけて回復したあたしはベッドにもぐりこみながらゼルに謝る。

湯たんぽを抱え込みながら。

「俺にはわからんものだからな。実際はおまえに何もしてないしできなかったから気にしなくていい」

毛布の中からこっそり見れば、そっぽを向いてゼルが言うのが見えた。

多分照れだろう。というかあたしも結構いたたまれない気分。だから故にもぐってるのもある。

「当人がそれに言われるまで気づかなかったのが呆れるが」

それにすかさずあたしは反論にもならない言い訳をする。

「―――だって。今まできたことなんてなかったんだもの」

 

女なら誰でも来ると言われるあの日。

その間は魔法が使えなくなる。

知識としては知ってた。人によりその間の体の症状も異なり軽かったり重かったりすることも。

けれど。

 

「うまれてから、来た事なんてないから。来ないんだと思ってた」

あたしは生まれが違うから。

 

あたしを介抱してくれたのは宿のおかみさん。ゼルはなんとなくあたしが休むことを願い出たときから察してたらしい。けれど男としては突っ込むわけにもいかないし率先して何かするわけにもいかない。

だからあたしが自分でなんとかするだろうと思いとりあえず休まることを同意したのだけれどあたしはその術をしらなかったし、思ったより重かった。

それに気づいたゼルが女の人を呼んで対処を代わりに願ったのだ。

おかげで痛みとかいろんなものが和らいだ。

 

「普通の女なんだから、来るもんなのが当たり前だと思え」

ため息をついてゼルは言う。

普通の、女。

――ああ。

 

思わず嬉しくて笑い声を漏らしたあたしに、どうした、と彼は言う。

「なんでもない」

とても穏やかな幸せな気分になってあたしは顔を毛布から出し、彼を見る。

やはりいつも彼はあたしの前を歩いてくれる。三歩。いつでも傍に来れて、でも普段は導いてくれる距離。

ありがとうもごめんも何度言っても足りない距離にいる人。

 

これでゼルの子供も生むことができるから嬉しい、と言ったら多分阿呆かといわれるだろうなあと思ったから口にはせず、そのかわりにもう一度、その二つの感謝の言葉を述べた。