La Corda d’Oro-金色のコルダ-

Roller coaster Romance

 

 

 

「誕生日、おめでとう」

 

チャイムが鳴って外に出ると、そこには予想もしなかった人がいた。

「っ、柚木先輩っ」

姿を見るなり思わず驚いて高ぶった声が出てしまう。そんな私に彼は笑う。

「鳩が豆鉄砲食った…っていうのはこういう顔を言うんだろうね」

 

――現在私は一人暮らしをしている。

とあるオーケストラの団員となった私は、高校時代よりも更にバイオリンを奏でる時間を増やした。

その昔志水君が夢中でチェロを弾いてるあまり睡眠を忘れるといっていたが、その気持ちが分かる。さすがに徹夜はしないものの、寝る前に多少の時間を使って奏でる。

実家では通う距離の問題や防音の面があったから、練習場のすぐ傍に部屋を借りたのだ。おかげで実家に帰ることは近いながら少ないものの、母や姉が様子見にふらりとやってくる率は低くない。

ふと今朝カレンダーを見て今日が何の日か思い出した。誕生日。

けれど今日は平日だし、いつも通りの練習の予定。残念ながら実家に帰る予定もなければ、誰かと会う予定もない。

帰ったところでこの歳で家を出た娘のためにケーキ用意して待っているわけもないだろうし。

 

「何、柚木先輩とデートしないの?」

昼休みに電話で祝ってくれた天羽ちゃんに言われて苦笑い。

「今、新しい店の企画で忙しいから」

先輩がプロデュースしているカジュアル懐石の店は順調で、少しずつおしゃれな町並みにその店舗を増やしている。横浜から離れた場所にいることも最近は増えた。

まあ、仕方ない。単に時期的なもので今の企画が落ち着けば時間はかなりとれるだろうと聞かされているし。

 

だから当然チャイムを鳴らしたのは彼ではないと思ってた。この時間に帰宅して家にいることを把握している人は少ないだろうけれど。

 

「ど、どうしたんですか?仕事は」

「途中だよ。移動の途中。これから東京の方へ向かう。閉店後の店に行かなきゃならなくてね」

けれど少し余裕があったから、と言う。

「通り道だったからね。丁度いいと思って、急遽来た」

言って花束を差しだし私は受け取る。

多分寄れるとわかってすぐ買ったものだろう。いつも見せてくれるような、たおやかな花の配置には乏しいけれど十分綺麗だし、何より私の好きな花であふれていた。

「来られると事前にわかっていたら、きちんとしたものを用意したんだが」

やはり華道の家の人間としては少し自分の買った花束の生け方に不満があるようだ。車の中で少し直したと言う。

私はそれを想像して笑って、来てくれただけで十分だ、と言う。

 

「宅配は来た?」

問われて目をしばたかせる私。に、更に不満げな様子を先輩は見せる。

「…確認してごらん。来てないなら多分、入れ違いだ」

しまったと言うように頭を押さえて告げる。

言われて郵便受けを確認すれば――確かに不在通知の紙が入っていた。

「…いるだろう時間に指定したんだが…やっぱり事前にお前に言うべきだったね。念のためと思ったのが徒になった」

やっぱり直接にすべきだった、と悔しそうに言う。いろいろとしようとしてくれたのを知って嬉しくなる。

 

「今から、再配達を頼みます」

「今から?もうこの時間だから今日は無理だろう」

言われてみれば確かに宅配の時間としては厳しい。

ため息をついて、仕方ない、と彼は言う。

「明日好きな時間に受け取るんだな。誕生日は過ぎてしまうけど」

はい、と答えると同時に彼の携帯が鳴った。私に気を使うように目で伝えて間をおいてからそれに出る。

短い会話。仕事の電話のようだ。やはり忙しそう。

切ると短いため息をつく。

「もう時間だ。もう少しお前を構いたかったんだが」

けど会えてよかった、と笑む。それはこちらも当然同様だ。笑んで返す。

「先輩が来てくれて嬉しかったです」

自分すら忘れかけてた寂しい誕生日が一気に華やいだ。音楽以外での彩りが最近少なかったから。

言ったとたんにこれから去ってしまう彼のことを考えたらその反動で寂しさがわいた。

――――次はいつ会えるだろうか。

思わず――無意識に近く、先輩のコートの裾を私は少しつかんだ。

 

「香穂子」

驚いたような彼の声。

その声に我に返ってすぐその指を離す。

「あ、あの。ごめんなさい」

行ってらっしゃい、と慌てて私は送り出す。それに複雑な表情でしばし考える様子。そしてその結果彼は言葉を発する。

 

「…お前明日の予定は?」

唐突な質問に一瞬言葉に詰まるものの、一生懸命スケジュールを思い出して答える。

「…明日は夕方バイオリンパートだけでの音合わせ練習が」

「…てことは昼までに帰ればいいわけだ」

どうせだからついておいで、と言う。もう一度私はその言葉に言葉を発するのを忘れた。

一瞬言ってる意味を理解できなかったのだ。

 

「東京で仕事が終わったらそのまま近くのホテルに泊まっていくつもりなんだ。こちらに帰るのはそこから午前中の仕事をこなして昼。

……そんなにゆったりとはできないかもしれないがここで別れるよりは一緒にいられる。

……どうだ?いかない?」

「……!」

 

いつもの――いじめると称して私に構ってくれる時の余裕な表情、声で私に手を差し出す。

――嬉しくて迷わずその手を私はとった。その途端に更なる笑顔。

大好きな人の大好きな表情。

「……すぐ用意してきますっ」

 

早くしないと置いてくよ、と笑う彼に焦る私。

ジェットコースター的な誘いに自分の部屋に入ってばたばたと必要なものを取りに行く。

受け取った花をどうしよう、と言うことと、宅配便の再配達は結局いつにしようかなんていろいろ考えながらそのロマンスに走り出し私は新しい年齢をはじめた。