Topic of 10 with the image from the numbers
-数字からイメージして10のお題-
09.queen battle
「……なんか意外だった」
歩きながらぽつりと言ったあたしの言葉に、え、と反応する横を歩く相棒。
あたしはそちらは見ずに今来た道をちらっと肩越しに見て思い出す。今来た道。とある湖から町へと続く裏街道。
―――別に通るつもりはなかったのだけど昨日、いろんなことが原因で山の中迷い込んだ。けしてあたしが気まぐれに道を外れて迷ったのではない。ないったらない。
で、暗くなり空を飛んで道を確認するのもままならない状態で、このままだと野宿かと泣く泣く覚悟――をしている中一件の山小屋に出会った。
小さな湖のほとり。人の住んでる気配。明かり。
たずねて、一晩泊めてもらえないかと交渉しようとすると、中から出てきた人――年の頃ガウリイよりはだいぶ上であろうが中年と言うにはまだ若いと言った位の整った顔立ちの、濃く暗めの金色の髪の男が驚いたように言った。
「……リナ?もしかしてリナじゃないか?」
へ、と目を丸くするあたし。
クリフ、という名前を聞いても尚すぐにピンとこなかった彼は―――昔郷里であたしの家近くに住んでいた兄ちゃんだった。
「懐かしいなあ。何年ぶりか。でも変わんないもんだなあ」
「や、いくらなんでも変わったって。クリフいなくなった時あたしまだ多分5歳かそこらだし」
ぱたぱたと手を振って、迎え入れてくれた小屋の中、彼が入れてくれた香茶を飲みながら否定する。
こぉ、予定外に昔を知る人間に会うって妙なこころもちである。隣のガウリイは不思議そうに、興味深そうにあたし達のやりとりに耳を傾けてるし。
「でもこの菓子好きなところとか。美味しいって幸せそうに頬張ってる姿思い出すよ」
「・・・・・・」
思わず菓子をかじる量を抑えてみる。
懐かしい味。郷里に先日たまたま行ったとき買ったのだという。あたしの好物。
よくこの人が食べてて、あたしにいつも分けてくれたのを覚えてる。
顔も覚えてなかったけど、当時なんてゆーのかそれに嬉しくて、このお兄ちゃんの隣にいたがったものである。ものすごく淡い感情。今の今まで忘れてたけど。いや本当に。
照れ隠しにかなり年上だとゆーのにこうして呼び捨てしてたし。
何しろよく事情は知らなかったけど彼は突然郷里を離れてしまったし。その時は、菓子―――もとい。クリフがいなくなったことがそれなりにショックだった。
「国王と縁があってね。郷里でやってた研究に有利な土地を頂いて。それからはずっとここで暮らしているよ。この辺はいろんな材料が揃ってるから」
言って目で棚の小瓶を指す。
そう言えばこのひとも一応魔道士だったんだな、と思う。と言っても攻撃魔法を使うタイプではなく完全研究タイプ。
どうやら薬草に関しての研究らしい。それなりに詳しいあたしでも知らない薬草の名前のラベルがいくつも瓶にはってある。
一応、と言ったのは剣がそこそこ使えていた記憶があるから。確か、父ちゃんや姉ちゃんと剣の練習をしていた近所の人の中にいたような記憶がある。
多分実戦は剣、と分けてるのだろう。
「この前すごく久しぶりに帰ったときにルナや君んとこの親御さんにはたまたま会えたんだけど。リナは旅してるって言ってて会えなかったから」
「あー・・・あたしもたまに帰ってはいるんだけど」
頭に手をやりながら言う。つい最近も帰ったけどタイミングがずれたか。
うん、と笑ってクリフはあたしとガウリイを見る。
「リナが男連れでこの前帰ってきたーって言ってた。本当だったんだなあ」
「・・・・・・」
そう言われるとどう答えていいものやら。思わずガウリイをみれば、あ、この菓子本当にうまいと気づいたらすっかりあたし達の話から離れて他のことに夢中になっている。
・・・・・・いや・・・まあ・・・いいけど。
「あ、そういえば――――」
あたしは話題を変える。たまたま目に入ったもので思い出したから。
「チェス。クリフに教わったのよね、あたし」
部屋の隅においやられた、使い古されたチェスボード。一人ではできないけど客が来たらやってるんだろうか。
「ああ、そうそう。リナはまだ小さかったのに覚えたよなあ。教えて教えてって」
姉ちゃんとか大人がいるとルールを知らないあたしが一人ほったらかされるゲームだからそれが嫌だったのだ。おもしろそうだなと思ったのもあるけど。
「久しぶりにやるか?・・・って、あ、三人じゃあれか」
「あ。いや。オレ二人の見てるから」
その言葉に我にかえったようにガウリイが言う。
まあ、この男がチェスやってるところみたことないし。
「じゃあリナ相手してくれるか?どれだけ腕あがったかな」
クリフが嬉しそうにチェスボードをこちらに持ってきた。
「チェック」
「なるほどそう来たか」
予想していたようにクリフは駒を動かす。
あたしも久しぶりにやるけどやっぱしこの人は手強い。当時は全く勝てなかったと思う。まあルールを覚えただけの子供がそう簡単に勝てるゲームじゃないけど。
今だからわかる。戦略の立て方。センス。相手を読む。
思いっきり頭脳戦。
「はい、チェックメイト」
あたしが読んでたのと全く違う駒が動いて勝負が決まる。
「あっ・・・!」
痛い判断ミスに気づく。やられた。
「・・・そっか。そーよねー。そうくるわよね」
チェス盤を眺めてさすがだわ、と手をあげるあたし。腕を組んで、勝ち誇るクリフ。
「いや、でもだいぶ強くなったな。結構手こずった」
普段戦ってるわけでもないのにこういうのが上手いってすごいと思う。悔しい。
じたばたしながらそういえば静かだなーとガウリイの方を見れば、寝てると思ったのに予想外に起きていた。あたしと同じくチェス盤を見つめてる。ずっと見てたらしい。
「・・・・・・ガウリイもやる?・・・って・・・無理か」
ルール知らないだろうし。
やらない、という言葉をあたしは当然と思って言ったのだけど、彼からでた言葉は正反対だった。
「・・・やってみてもいいか?」
めちゃくちゃ驚いた。
「あんた、やったことあるの?チェス」
さっき言ったようにやってるところ見たことないというのに。思わず声のトーンが上がってしまう。
「ない」
それにあっさりと答えるガウリイ。それにあたしは脱力する。
「ないけど、今リナがやってるの見たし。なんとかなるんじゃないかと」
「見たって、そんなあんた」
「この馬がこういう風に動いて、このかんむりみたいなのがこう動けるんだろ?」
言ってガウリイは駒をもってチェス盤に動かす。確かにあってる。
「・・・・・・いや、でも」
「いいじゃないか。せっかくだから相手してみたい。かしこまった試合ってわけじゃないんだし。なんならリナが横で補佐してやればいい」
クリフに言われてため息をつく。
その補佐が大変そうなんですけど。なんか。
「まあ・・・いいけど。お手柔らかにお願いします」
ガウリイの代わりにあたしはクリフに頭を下げた。
ガウリイの前に駒が並べられ、彼の隣にあたしは座る。
耳元でガウリイにささやく。
「とりあえず困ったり疑問があったら言ってちょうだい。キャスリングの仕方・・・って言ってわかる?」
「全然」
まあそうだよなあ。
「それやらないと勝てないのか?」
ガウリイからの問いにあたしは考えてから言葉を発する。
「・・・勝てないことはないだろうけど」
でもやれた方が有利には違いない。初期配置だとキングもルークもあんまりいい位置にはいないし。
しかし便利な技である反面条件が揃わないといけないと言う意味ではガウリイに教えるのにそこまで理解できるのか。
考え込んでいるとじゃあいいや、と言うガウリイ。慌ててあたしはぱたぱた手を振ってやはり耳元で言う。
「とりあえずキングとルーク・・・この駒はぎりぎりまで動かさないで他を動かすようにして。一回も動かさなきゃその技が使えるから」
「わかった」
じゃあ始めるよ、とクリフはやはり楽しそうにガウリイを見て、自分の駒に手を伸ばした。
――――軽快なリズムでその勝負は進んでいく。
あたしは驚く。初めてやるはずなのにガウリイの駒の動かし方が上手い。―――いや。上手くなっていく。
最初はなんでそんなとこ動かすんだとか思ったんだけど、その一見アレな図が少しずつ形になっていく。
もっともこれは相手の腕がいいのもあるかもしれない。さすがに初めてやる相手に本気でやってないだろうし。ガウリイの突拍子もない駒の動きにおもしろそうに合わせている。から成立している試合なのかもしれない。
「・・・・・・」
あたしはチェス盤の現在の状態を見つめて今後を考える。
いやびっくりなかなか悪くない状態。クイーンとか大駒全部ちゃんと残っているし。
この調子で行くと次あたりでキャスリングさせて陣形を変えていけば―――と思っている中唐突にガウリイがキングに手を伸ばした。
「え」
思わず声を出すあたし。けど構わずガウリイはキングを動かす。
「ちょ・・・っ」
あたしの止める声も無視でまたよくわからない位置に配置する。眉をひそめながらクリフは考え込む。
「・・・・・・キャスリングなしでそうくるのか。それなら・・・」
様子をみるように無難なところを動かす。それにガウリイのほったらかしだったルークが動き出す。
軽快なチェスのやりとりは段々真剣を増していく。
考えることが増える。それもクリフの方が多く。気づけば真剣な表情。
―――それだけの構図ができてるのだ。
予想もつかないその試合にあたしも思わず言葉を出さずただただ見守っている。
少しずつ駒が減り変化していく。
そんな中ふとクリフの顔が変わった。何かに気づいたようなそんな表情。
「・・・よし。これならどうだ?」
言って彼が動かしたのはあたしから見たら見当違いのところ。間違ってもこちらのキングを追いつめるためのものにはなりそうにない。
が。
「あ」
ガウリイが動揺した。それに驚くあたし。やっぱりというような顔をするクリフ。
そこから彼は手際よくガウリイの陣を追いつめる。そして。
「チェックメイト」
長い勝負は本来ならもっと早くでていただろう当然の結果をやっとこさ生み出した。
「・・・ダメだったかー」
眉をしかめて頭をかきあげてがっかりしたように言うガウリイ。先ほどのあたしのよう。悔しいらしい。
その声にあたしも思わず息をついて声を発する。
「・・・や。あたしがやったよりいい勝負だったんだけどどーゆーこと?」
いくら手加減してたとは言え。
あたしの言葉に苦笑するクリフ。
「相手の癖さえ読めれば勝てるからな。逆に言うと癖がまだできてない初心者相手のが意外と戦いにくいんだよ。うっかりしてたら危なかったけど」
途中からわかったから、と言う。それでガウリイを追いつめるのが突然スムーズになったわけだ。
「いや、でもいい試合だったよ。大体のことはわかったし」
彼の言葉にガウリイは首を傾げ、あたしは眉をひそめた。
「・・・いい旦那捕まえたじゃないか。リナ」
ぶっ。
夜も更けてきたがまだまだあたしと再度勝負―――という中にさらっとクリフが言い、あたしは吹き出しむせる。
ちなみにガウリイは頭使って疲れたらしく途中まであたしたちの再試合を見ていたけどさきほど先に寝てしまった。まあ再度挑戦がずっと何度も続いてるし。
「・・・なっ、なにいきなし」
妙に声がうわずる。
「いや。ルナとかから聞いてたけど・・・さっきのチェスで安心したっていうか。なんか感慨深いと思ったよ」
「――――え?」
からかってあたしを動揺させて手順を狂わす手はずなのか―――と思ったのだけどクリフを見ると本当にほっとしたような表情。
「・・・チェスは性格がでる。それは癖と同義でもあるけど――――彼の癖、リナは気づかなかったか?」
言われてさっきの構図を思い出すけどあたしは首を横に振る。ここに気づけるか否かが強さの違いなんだろうなと思う。
違和感くらいは感じるけどでもそれが明確に何かはよくわからない。あえて言うなら――――。
「・・・攻めるタイプではないわよね。あの置き方。でも守りがしっかりかっていうとそうでもなくて―――」
「いや。守りは最強だったよ」
クイーンに対してね、と言われて、あ、とあたしは思う。思い出す。
ガウリイが声をあげ、クリフがよくわからない置き方をしたあの図。
キングにはすぐに影響はない。けれど。
クイーンを攻めるには十分な位置。
「キャスリングをあの時しない形にしたときもクイーンがあのままだと危なかったからだ。気づいたときは、もしかして誤ってキングではなくクイーンが最強だと思ってるのかなと思ったけど・・・そのあとの動きで違うとわかった」
キングは自分の身を守りながら動き、他の駒と協力して、本来そこまで守る必要のない強さを持つクイーンをどこまでも守る――――。
その連携に気づいたから壊して攻撃したのだという。主にあえて、クイーンを攻める方向で。
それで一気にガウリイは苦戦した。
「・・・・・・まあ、そう言う意味では俺が不本意にも姑息な真似をする羽目になったけどね」
クイーンが大事だったんだよ彼は、と言う。
「・・・・・・チェスは戦術に通じてる。意味は―――わかるだろう?リナ」
「・・・・・・」
周りを動かして、自分はいざというときしか動かない王様にはしない。ならない。
誰かを守れる要になる。その中でもルークでもビショップでもナイトでもポーンでもなく、クイーン。
キングの側にいる女性。妻。
「リナもああして守られてきたんだろ」
「・・・・・・や。そんなの。……ぐーぜんだとおもうけど。そもそも何にも考えてないで置いてた気もするし」
思わずふいっと顔をそらしてあたしは言う。それに彼は笑う。
「まあ、確かに。『癖』なら本人は気づいてないかもしれないからな」
でも、酷い手を一切選ばなかった、と言う。
「ああ、信用できる奴だな、って。思ったよ。リナが幸せそうで安心した」
「・・・・・・」
そう優しく語るクリフを見て、あ、老けたなこのひと――――なんて呆れて思ってしまったのは、照れからだけではなくて、子どもの頃の感情は本当に淡かったんだなあと確認したからだと思う。
今あたしがいつも傍にいる金髪に抱いてる感覚には到底及ばない。同じとはきっと言えないほどに。
「……なんか意外だった」
歩きながらぽつりと言ったあたしの言葉に、え、と反応する横を歩く相棒。
―――で、こうして冒頭に話が戻る。
「なんてゆーか。・・・あんたができると思わなかったからさ。チェス」
翌日道を教わって山を抜け出す。
きた道―――クリフの小屋の方を、もう見えないけどなんとなく肩越しに見て言う。
結局クリフが勘弁してくれというまであれからあたしはムキになって戦ったのだけどやっぱし勝てなかった。
せめてガウリイくらいの勝負になるようにわざといろいろ試して見るも無惨な結果。おのれ。いつかまた勝負しにいく。
あたしの言葉に頬をかくガウリイ。
「いやー・・・やりながら、そう言えば傭兵仲間とこれ昔とか何度かやったことあるような気がするな、って。思い出したりしたし」
オイ。
段々慣れたように動かしてたのはそれでか。
・・・きっと毎回毎回ルール覚えさせられては忘れて、次できない、って状態を繰り返したんだろうなと思う。今回ももう忘れてるんじゃ無かろうか。
「でも、あんましあーゆー時、やるって言わないと思ってたからさ。わざわざ頭使うこと」
あたしがそう言うと頭をくしゃっと撫でられる。
いきなしなんだ、と思って彼を見るとなんとも言えない表情。不機嫌―――というのが近いのかもしれないけどそれにしてはどこか笑ってる。
「なんか、な。戦わなきゃいけない気がしたから」
――――もしかして―――本能的にあたしが彼のことどう昔は思ってたかを察知したのだろうか。口にして訊かないけど。あえて。それで―――対抗心が沸いた。
あたしは苦笑する。だとしたら別にそこまで気にすることでもないのに。でも、そうだとしたならそんな彼がなんだか嬉しくもある。
この自称保護者はあんましそう言うところ見せないから。未だに。郷里に二人で帰ったときにそれっぽいこと言われただけで以降ない。
あたしもだから言ってやんないけど。
「・・・でも。負けたわよね。あたしもだけど」
「まあ、また機会あったら。別にチェスじゃなくてもいいし」
・・・もしかしてたまたまチェスだったからよかったものの、剣の手合わせとかだったらもっと殺伐としていたのかもしれない。いやそれならガウリイが勝つだろうけど。
ふと思いだし、あたしは服のたもとから紙で包んだ飴を取り出す。
あの家で食べたお菓子のひとつ。ちょっとだけ頂いてきた。あたしのやはり好きな味。
けどあたしは今回はこれは自分で食べることを自重する。
「これ。美味しいからあんたにあげる」
子どもに与えるように―――まるで昔の自分が与えられたときのようにあたしは彼に差し出し与える。
「おう」
食べ物とゆーことで差し出したことに意外そうな顔をしながら受け取るガウリイ。失礼な。ひとつくらいあたしだって譲る優しさあるし。
早速彼は歩きながらそれを口に放り込む。
「・・・甘いな」
「そーね」
ああ言う戦い方をして、それを見抜かれるあんたと同じくらい。
甘くて、食べ過ぎはあまりよくなくて、でも、いとしい。
「・・・・・・次の宿屋でチェスボード借りられたら、あたしと勝負しない?今度は」
あたしは思いついて提案をする。
こんな彼に、今、これから、あたしは勝てるのか―――負けるのか。
どーせだから確かめてみたい。確かめてやる。
言うとガウリイはやっぱし苦笑して、おう、と気軽にあたしに応えた。