Short Story(SFC)-短い話-

おもかげ



―――遠くからちらり、と見ることの出来た姿に今までになくあたしの中の何かがたかぶった。

けれど長く彼女を見ているわけには、会うわけにはいかなかった。

あたしにはそう言う指令が下っている。

 

 

 

 

 

 

「貴女には、街を出歩いてもらいます」

 

言われたことの意味がわからず戸惑うあたしとは別に、にこにこと初めて会う上司は笑みを浮かべて言った。

ゼロス様。

 

あたしはつくられてからそんなに日は経っていなかった。

ある程度の知識を、あたしをつくったと言うヴァルハム様から与えられ。

いろいろなことを訊かれ、行った後にため息混じりに――失望の色を見せながらひとこと言われた。

「まあ、最初の試作品としてはまずまずですが、リナ=インバースのコピーとしては役には立ちそうもないですね」

 

ずきり。

身体のどこかがそのことばを聴いた時痛んだ。

何?

 

「ならそのコピーは僕が預かりましょう、ヴァルハムさん」

―――その時そう声がし、ゼロス様が現れた。

 

ヴァルハム様とゼロス様はどうやら仲が悪いらしい。

どうしてこいつが必要なんですか、と噛みつくように話すヴァルハム様に、変わらず冷静に、むしろおかしそうにこちらにはこちらの事情があるんですよ、あなたはあちらを尊重しているようですがと答える。

尊重しているあちらとかあたしにはわからないけれどその言い争いを遠くで黙って聞いていた。

あたしの処断を巡って延々と話し合っていた後、ゼロス様の方が近づいてきた。

「貴女にしてもらいたい事があるんですよ。貴女ならぴったりそうですし」

「そんな魔力もさほどない試作品が何の役に立つんでしょうね」

後ろでぽつりとひとり言を装ったように不機嫌な声で、ヴァルハム様が言う。

その声はとてもあたしの中に染み付いて、また身体のどこかに痛みを作った。

 

 

「街を出歩く・・・・と言いますと・・・」

「知っているでしょうが、貴女はコピーです。元になったオリジナルがいます。リナ=インバース。ご存知ですね?」

黙ってあたしは少しだけ頷く。

「彼女の行く先々の街をうろつき、サイラーグと言う街に行きたがるそぶりを見せて欲しいんです。本物のリナ=インバースをサイラーグに丁重に案内しなければなりませんので」

「・・・・・・」

 

――どうして丁重に、なのかとか目的は、とか疑問はあるもののあたしは訊かなかった。

訊いても無駄だと知っていたから。

生まれてから、あたしの疑問に答えてくれたひとは誰一人いない。

ただあたしは命令や言葉を与えられるのみ。一方的な、もの。それがあたしの位置。

それにヴァルハム様にすら詳しい事は話してなかった方が答えてくれるはずがないと判っていた。

けれど、知識をたくさん教えられた初めて出る外への憧れや、ヴァルハム様とは違う痛みをおぼえない声に、あたしは心地よさを感じていた。

 

「ただし本人や彼女の仲間に捕まってはいけません。あくまであなたの存在を彼女達に知らせるまで。そうでないと台無しになりますからね」

 

そして、あたしは街へと赴いた。

 

「サイラーグへ向かうにはどうしたらいいか、道を訊きたいんですけれど」

店に入って食事を済ませて、そこの女の人に問う。

これで何件目か。

リナが移動した、と知るとゼロス様が空間を渡らせてくれて、行く先の街へ先回りし、街の人と話してあたしを印象付ける。

ゼロス様は常にオリジナルのリナの居場所をどうしてか把握しているようだけれど、あたしは未だ彼女の姿を確認してはいなかった。

当然と言えば当然だけれど。

会うことがあたしの指令ではない。

 

けれど。

 

「・・・姿を見せては、いけないでしょうか?オリジナルに」

あたしは思い惑いながらもずっと姿は見せてないもののそばにいらっしゃるゼロス様にそう言った。

初めての、あたしからの申し出。

ゼロス様はその言葉に姿を見せ、口の端を深く笑みの形にして、それからあたしに訊いた。

「―――何故、そう思いましたか?」

「―――本人が、噂だけでなくきちんと目で認識した方が、あたし達の『招待』に気付くんじゃないかと思いまして」

「なるほど。それは確かに。―――ただ貴女が会いたくなっただけなのかと思いました。リナさんに」

「・・・っ」

 

否定はしない。

あたしの元になった人間がそばにいる。

そう思うと気になって、姿が見てみたくて。

少しでいいから。

 

「一瞬、遠くから姿を見せるだけですよ。何度も言いますが捕まってしまっては台無しになるんですから。僕はそうなっても助けはしませんからね」

ゼロス様の声は相変わらず失望でもため息混じりでもない、変わらない痛くない声だった。

 

 

1回目はあたしが姿を見せようと思ったわけでもなく彼女に不意に見つかったので、姿を見ることも出来ず、あたしはただ後ろから駆け寄ってくる存在から逃げた。

2回目。

彼女をどうやら他の魔族達が狙っているようでごたごたした店から彼女は仲間と共に外に飛び出てきた。

野次馬の後ろにあたしはこっそりとまぎれて、彼女をちらりと見た。

初めて見た。あたしと同じ姿の―――。

あれが。オリジナル。

―――会いたかった。理由とか疑問なんて何も思いつかないままに。

会っておきたかった。

 

 

しかし彼女の視線がこちらにと向かった。

あたしは急いでくるりと後ろを振り向く。

ちらりと肩越しにもう一度だけ彼女を見た。きっと―――最初で最後。

彼女はあたしの存在に完全に気付いただろうし。

 

さよなら。

 

 

走り出して思ってた。

これであたしのすべき事は終わったのだ、と。

はじめてもらった指令はこなすことができた。

その感覚。そして、オリジナルを見られた感覚。

どちらも心地よいことを知った。

 

もう充分。

 

「はい、ご苦労様でした」

不意に世界はアストラルに戻る。

ゼロス様が引き寄せてくれた。

「これでリナさんもサイラーグに向かってくれるでしょう。貴女は行動はリナさんと大分違う。だからこそリナさんではなかったことが誰にでもわかったでしょうから」

オリジナルとは違う。

それはあたしにとって望むべきことだったんだろうか。あたしにはわからない。

似ていた、と言われるのとどちらが心地よく感じられたのか。

きっと答えは――――

 

「あたしは、役目を終わった以上――もう消されてしまうのでしょう?」

 

 

ぽつりと言った言葉に変わらぬ表情のゼロス様。

「何故―――それを?」

「あたしは試作品、とヴァルハム様はおっしゃってた。

これからどんどんあたしと同じコピーは生み出される。

なら試作品のあたしを残しておくよりも新しいコピーに何か用があったときに指令を下した方がいい。

あたしが相当よくできた試作品でないかぎり。

――――そうではありませんか?」

自分で言っている言葉なのにあの時と同じようにどこかが痛かった。

ヴァルハム様の言葉を聞いた時と同じ。

――試作品。

この言葉が原因なんだろうか。

 

「さすがですね。頭のよさは合格です」

それで、と彼は言葉を続ける。

「それを知っていて貴女はどうするつもりなんですか?抗いますか?魔力はあまりない貴女が」

「どうもしません」

首を横に振る。

「覚悟はしてましたから。だから――――」

言葉を続けられず息を呑んだ。

 

きっと本当ならあの時殺されていた。

ヴァルハム様が失望の声をあげた、あの時。

けれどあたしはその世界より広い世界を短い間でも知ることが出来た。

これ以上何を与えられると言うんだろう。

何を望むと言うんだろう。

本来望むことそのものがありえないことだったのに。

 

「・・・・あたしは。それが命なら従います」

ゆっくりと。

ゼロス様の顔を見て、続きをはっきりと言った。

満足げなゼロス様。

「やっぱり、貴女はリナさんとは違いますね。その辺が面白くはありますが」

ゼロス様があたしに近づいた。

心地よいと感じた事は魔族たるこの方には伝えない方がいいと知っているから黙ってる。

そうしてかたちを別のもので伝える。

 

きっと、これからあたしと同じコピーがいくら生まれてもオリジナルに会えるのはほとんどいないだろう。

今回のあたしの指令の目的は知らなかったけれど、元々のうまれた目的は知っている。

オリジナルに代わり呪文を唱えて世界を滅ぼすこと。

その指令にオリジナルと関われ、となるのはきっとあまりない。

そう思うと誇らしくもあった。

 

目をあたしはゆっくりとつぶった。

きちんと憶えてる。あの姿。あたしと同じ姿。でも違う姿。

オリジナルのおもかげ。

 

さよなら。

声をかわすこともなかったけれど。

 

――身体がばらばらになる感覚を受けるまであたしはそのおもかげをずっと頭に描いていた。