Short Story(not SFC)-短い話-
おひさまの世界地図
「だって、太陽も動いているのに、じっとしているわけに行かないじゃないですか」
そう言うとわたしの隣にいたひとは何か言いだけな顔をしてわたしを見た。
大きな悪を旅の仲間の、リナが倒し一段落して。
わたしは郷里のセイルーンにそのことを知らしめさねばということで帰る決意をして彼女たちと別れた。
セイルーンへの帰路につこうとするわたしと一緒にいるのは同じくセイルーンへ帰ろうとする、仲間のシルフィールさん。
そして途中の道まで同じの、同じく仲間のゼルガディスさん。
何気なくシルフィールさんが、どうして王族のわたしがこの旅に参加したのか、という問いを道すがらして。
わたしは暇だったし、正義が呼んでいたし、と言いながら答えた。
と、あきれたような、何かをあきらめたような顔をしたのだ。ゼルガディスさんが。その会話に。シルフィールさんはまあ、と普通の反応なのに。
「もしかして正義を馬鹿にしてるんですかっ?その顔はゼルガディスさんっ」
いきなり話をふられたせいか驚いた表情。
しかしすぐいつも通りの表情になる。フードで隠していてもかすかに見える目の雰囲気でその表情ひとつひとつがわたしにはわかった。
最初は表情のない人だと思った。けれど一緒にいると結構表情の変化に気づく。
「……別に正義をどうこう言うつもりはない」
ただ、と彼は歩く早さを変えないままこちらを見ずに言葉を続けた。
「太陽が、動いてるという言葉に苦笑しただけだ」
「…それはどういうことですか?」
シルフィールさんも、ゼルガディスさんの歩く早さに合わせているせいか足取りを速めて問う。彼女もその内容に興味が沸いたらしい。
シルフィールさんのそれに自分の歩く速度が速いと気づいたのか、ん、と彼は足元を見て少し早さを今度はゆるめた。
誰にも何も言わないけれどゼルガディスさんは、意外と協調に気を使う人だと思う。
「太陽というのは動いていない。動かない。この世界が、動いているからそう見えるものだ」
わたしとシルフィールさんは思わず歩きながらも顔を合わせる。
動いてるのは、この世界のほう。
この世界は平べったく、杖の上に立っていると言われている。
そしてその周りを太陽が回ってる、というのが一般的な知識。
「まあ言ったところでそれを信じるやつはいないから別にお前たちに信じろとは言わないが」
「でも、そんなにきっぱり言うってことは何か根拠があるんですか?」
わたしは訊く。ためらいながらもゼルガディスさんはけして迷わない口調で言ったのだから。
「根拠というか。…理屈を話すと長くなるな。レゾがその手の地理学・天文学にも通じていてよくその手の書物と、やつが書いた論文を読んでたから、俺には最初からこの知識で生きてきたし、それを説明となると」
「……レゾ?」
首をかしげるとあ、とゼルガディスさんが思い出したようにうめく。
「……そういえばお前は知らないのか」
ためらった声。そこにシルフィールさんが口を開く。
「大賢者と呼ばれる、赤法師レゾのことですわ、アメリアさん」
微かに笑んでシルフィールさんはゼルガディスさんを見ながら話を続ける。ゼルガディスさんはそれに反応して黙ったまま。
「もう亡くなられましたが、ご親戚なんですよね、ゼルガディスさん」
「えっ、そうなんですか?」
わたしは驚く。
もちろんわたしも赤法師レゾの知名度の高さを知っている。
亡くなった、というのも初耳だけれどそのレゾとゼルガディスさんが親戚だなんて。
「あまり説明に気を使わなくていい、シルフィール」
それにゼルガディスさんはつぶやきながら自分の真っ白なフードの位置を直す。
「単に俺のじいさんだかひいじいさんで、しかも俺の体をこうした人間だ、というだけの話だ」
「………」
前半はともかく、後半はさすがに何も言えなかった。
それで、亡くなっているって。もしかして。
「――――憎んでるんですか?」
あえて、少しだけ思ったのとは違う質問をした。
それに驚いたのかゼルガディスさんはわたしの方を見る。
そしてすぐ前を向く。
「全く憎んでないわけはないが、だからといって今更だからな」
どうしてそんな質問をした、と訊かれてわたしは一瞬言葉に詰まる。
けれど正直に言った。
「…その人から『教わった』知識だから、それを伝える自分にあまりいい感情になれずに憮然とした顔をしたのか、それとも単純にわたしが間違った知識を口にしたからそれに反論したかったからなのか、どちらかな、と思ったからです」
身内の言葉は信じたい。
けれど、信じることができない状況を生み出される。
それをわたしはしっていたから。
ああ、と彼は反応薄く納得する。
「……どうであれ奴の知識量に罪はないし、それだけは奴の素直に尊敬するべきところだから」
――――。
「……なんだ、嬉しそうに」
わたしを再び見て言うゼルガディスさんに、いえ、とわたしはほほえんだ。
とてもかっこいい人だ、と思ったことを伝えたら照れて怒りそうな気がしてやめた。
「けれど、すごい説ですわね。動いてるのはこちらの世界だなんて。わたくしたちは世界から振り落とされたりということはないのでしょうか」
とてもその説に感銘を受けたらしいシルフィールさんが言う。
でも、わたしもとても感奮する。
「世界は大きな空気の層に包まれていると考えればいい。翔封界の強化版だ。その仕組みはまだ解明されてないみたいだがな。その層に包まれた世界がゆっくり気づかれないよう動いている。太陽の周りを」
「ああ、なるほど」
「……二人とも素直に信じるのか」
意外そうにわたしたちを見てゼルガディスさんは言う。
それを信じるひとはいない、と言っていたからだろう。
「レゾの知識と言ったからか、大賢者の」
「いいえ」
わたしは首を振り、シルフィールさんもそれに同調する。
「ゼルガディスさんの、仲間のことばを疑いません。理屈も確かなら、尚更」
そうか、といったきり黙ってしまったのは、照れてしまったのだと思う。
わたしは動かない太陽のほうを眩しがりながらも見た。
それに。
太陽が動いてるからがんばる。
今まではそう思っていたけれどそれよりも、太陽の周りを一生懸命こちらが回っている。
そのほうがなんだか前向きな気もする。
そうして動き変えてく世界。正義。
――わたし達が動いた先で、それはきらきらと輝いていた。