Topic of 10 with the image from the numbers  
-数字からイメージして10のお題-

02.二回目




「人を――嫌いにならない」

 

初めて耳にする言葉を、目の前の彼女は口にした。

静かに。けれどまっすぐに自分を見つめて。

 

―――何が、どうという理由なんてなかった。

単に好みの顔だなと思って軽く声をかけただけだった。

深くは関われないだろう。関わるつもりもない。自分は闇の人間だ。

時々いろんなものへの目眩ましと情報収集のために明るいところに顔を出す。今もそれだけのはずだ。

それだけの世界にしか、自分がいたころはなりえなかった。

 

なのに。

 

 

 

「女の一人旅は大変じゃねえか?よかったら俺と旅しねぇか?」

 

食堂の隅で一人食事をしている相手に口説き文句のつもりで。半分以上は本気ではなかった。

そんな言葉に、軽蔑のまなざしやら言葉やら。困った表情やら。上辺だけの笑顔やら。

経験上いろんなものは予想できたが銀色の髪の彼女は違った。

まっすぐに無表情に自分を見る。

まるで何もかも見透かしたように。

 

「悪いけれど、私、赤い人は好きじゃないの」

 

―――一瞬、自分の仕事のことを言われてるのか、知っているのか、と思って内心たじろいだ。

しかし彼女の次の言葉がそれを否定した。

 

「赤毛は、ね」

あ、と自分の髪を見る。

意外なところを指摘して跳ね返した。

彼女はそういうと食事をすませたのか席を立ち、その場を後にする。

 

思わず後を追った。

自分を跳ね返した女を、追ったのは初めてだった。

 

「おい、待ってくれ」

言うと彼女は振り向く。

暗めの食堂の明かりで見るより、外の光にさらされた彼女は思いのほか美人だった。

白く綺麗な肌がそれをあおっている。

 

「じゃあ、俺が赤毛じゃなかったら旅してもいいってことか?」

そこで初めて彼女は少し困惑した表情を見せた。

彼女にとっても初めてだったのだろう。

わざわざ追ってきて、因縁をつけるわけでもなくそう返して言い寄る男は。

しかしすぐにまた無表情に彼女は戻り、静かな声で答える。

 

「……本気じゃない以上考える余地はないわね」

言葉が言いなれている、と指摘されて思わず言葉に詰まる。

が。

「本気になった、っていったら?」

ためらいながらも言葉を舌にのせる。

 

自分でも不思議だった。ただ。

彼女と一緒にいたいと、いてみたいと思った。

彼女の見てみるもの、考えているものに触れてみたいと思った。

自分の知らないもの。

この少しの時でも手に入るのなら、一緒にいれば。

そのためなら。

 

「あなたが本気でも私にその気がなければ意味はないでしょう」

その気はないと暗に言っているつもりなのだけれど、と彼女は言う。

ため息交じり。

 

「私は一緒に行動する人間は仕事の依頼主であろうと誰であろうと条件があるの」

「条件?」

「――あなたはそれを満たしてない」

「赤毛以外に?」

 

そう、といって彼女はやはりまっすぐに自分に見る。

 

「人を――嫌いにならない」

 

 

空気が凍ったような感覚に陥った。

実際はきっと自分だけだ。凍ったのは。

 

「全面的に好きになれとは言わない。けれども人を、嫌いにはならない。それを自分の中にあなたは保つことができる?」

 

こちらがその目で、表情で、言葉で。惹かれたのと同じように。

きっと彼女は自分が何者かをこの短い中で察した。

見透かしたような表情じゃない。見透かされてる。

そう思い、まさか関係者じゃないのかという疑惑まで一瞬生まれた。

けどそれは杞憂だった。

 

 

後に彼女に、機会が生まれて問いただす。

一度たりとてそんな姿を見せたことがないし語ったこともないのに、と。

 

 

 

「…知ってたのか?俺がそれまで何してたのか」

「あなたが何をしていたのかなんて私がなぜ知っているの」

 

ただ、と彼女は出会ったときからずっと変えない表情を自分に向ける。

いや、旅をするようになってからはその中にいろんな表情を見つけ出すことが増えてきた。だから、けして拒絶とか負ではない方向の表情であることはわかるけれど。

 

「あなたから血が見えた。髪の色ではなくて、雰囲気ね」

魔道士だから剣士だからではない血の流し方をしている、と思ったから、と彼女は答えた。

 

「あなたはそういったのを隠すのが下手だわ」

 

逆に下手だから信じられるかもねと思ったんだけれど、といわれて彼女を抱きしめたい感情にとらわれた。実際にはその後それに怒られるのだが。

 

 

 

 

「……まもれれば、いいのか?」

「―――まもれるの」

「あんたが、言うなら」

 

彼女は黙り込んだ。そして。

自分に背を再び向ける。

「守れるなら、好きにすればいいわ」

けれども、と言葉を続ける。

 

「今と同じ言葉を、投げかけるようになったら。私があなたにその言葉でたしなめるようなことになったら、すぐ消えるわ」

「…二回も言わせねぇ」

自分に言い聞かせるように言った。

 

「そのために、準備してくるから、時間をくれねぇか」

闇の世界から出るための。

ついでに彼女の嫌いな赤毛を染める。

それに誓いを立てる。

 

「……ところで、あなた、名前は?」

言われて苦笑する。

名前すら名乗る前に惹かれた。知る前に惹かれた。

名乗る前に彼女は自分の存在をゆるした。

 

「ルーク」

名前教えてくれ、というと彼女は答えた。

「ミリーナ、よ。…数日はこの町にいるからその間ならば待っていてあげる」

 

 

そうして無理やり今までの自分を全て断ち切って、彼女との旅で新しいものばかり見つけて。

いろんなものを与えられた。

闇を忘れた。

彼女は光ばかり集めた。

 

だから、二回も言わせることはないと思った。

 

 

 

「……人を、嫌いにならないで」

 

――けれども、どうにもならない無力さと、膨れ上がる感情に。

その中心のはずの彼女は、言って本当に消えた。