Topic of 10 with the image from the numbers  
-数字からイメージして10のお題-

07.七年前のものがたり




――――吟遊詩人が謳っていた。

町の中で。街道の途中で。それはどこでもそこそこよくある光景。

だから普段のあたしなら、道すがら、あーなんか謳ってるなー程度の認識で通り過ぎるのだけど。

 

「――――」

思わず耳にしたその単語にあたしは足を止めた。

「リナ?」

その様子をいぶかしむガウリイを無視してあたしはその吟遊詩人に問いかける。

「な、なんですか?」

「今の歌――――もう一度。お願い」

 

聴いた後―――あたしは再びその吟遊詩人に矢継ぎ早にいくつもの質問をしていた。

 

 

―――即興で覚えた昼間のメロディをとても小さく口にする。

自分の部屋。ベッドの上でゆっくりしながら。

そこそこ遅い時間だから、本当に囁く程度の小声で。ほかの部屋には聞こえない程度。

――――なのだが。

こんこん、とノックの音がして、あたしはちょっと驚いて立ち上がり、扉をあける。

「よお」

うちの相棒がいつもの穏やかな笑みを見せて立っていた。

「どーしたの?」

 

と言いつつなんとなく来た理由はわかっていた。

ガウリイがこういう風に部屋にくるとき、というのはあたしが何か考えてるときだ。

一人で抱え込む。それは別に深刻なものだから誰にもいえない、というものではなくて、単純に不確かすぎるものだから、あたしの勝手な想像だから言えない、というのが大きい。

逆にくだらないことだから言いにくいと言うのもある。でもガウリイはそういう時のあたしに気づきやすい。

おもいっきり深刻なものの場合はすぐには来ない。あたしの様子をみてからくる。

そのあたりがこの男はわかっちゃってるよなあ、と思う。さすが自称保護者。

 

「…元気そうだな」

ちょっとほっとしたように言う。

それに肩をすくめて無言であたしは彼を迎え入れる。

「落ち込んでると思った?」

「いや」

即答する。

「落ち込んでるっていうか…ちょっと苦そうって感じだったから」

「…あんたがピーマン食べちゃった時みたいに?」

「茶化すなよ」

茶化せる程度のことだと思ってほしいんだけど。

「昼間の歌がどーしたんだ?」

あ、やっぱりそうくるよなと思う。

そりゃあの名前はびっくりしたけどでもそれだけだろ?とガウリイはいう。まあ確かにその可能性のが高いのだけど。

 

 

――――とある町に悪徳領主がいた。

それに苦しんでいる人々を助けるためにいわゆるセイギノミカタがそれを倒すヒロイック・サーガ話はどこにでもある。

けれどその吟遊詩人が謳ったその歌の中の物語は若干話が他とは違っていた。

 

悪徳領主は表向きはいわゆる『善人』で弱いものを助けていた。

領地内の孤児をひきとり、大人になるまで、もしくは育てたいという親が現れるまで養ってやる場所を作り、その姿が好感を得ていた。

――――がそれは表向き。

本当は子供を売買する闇組織の場でしかなかった――――。

高く買ってくれる子供に恵まれない貴族相手の商売というならまだしも――――いやそれでも問題はあるのだけど、魔道士へ実験台として提供などをしていた。

女の子であれば領主が気に入れば手元におかれていたらしい。何故かというのは言わずもがな。

そんなやりたい放題の中、セイギノミカタは現れたのだという。

――――その子供たちの中から。

 

元々運動神経がよかった彼は、自分に魔術と剣を教えてくれるように願った。そうすればそれだけの能力が使える場所に買われてやれるから、と。

忠実に自分の言うことを聞く彼の言葉に疑いもせず、領主は力を与えてやった。――――その力が自分の命を断ち切ることに気づかず。

彼は領主の『お気に入り』の、同じ孤児の少女に恋をしていた。彼女も微かに想っていた。

けれど心を殺し、生きるために領主に従っている彼女を彼は助けたかった。

そして成長したある日、領主を殺し、少女をつれて彼は町を去った――――。

 

そんな事件が今から7年前。とある町で本当にあったのだと言う。事件が起きたことで事実が明るみになった。

その吟遊詩人はその町出身だったことから、そのごたごたを歌にした。もちろん歌だからドラマティックにしなければならない。

だから勇者とその少女のロマンス的な部分を主に謳っていた。

あたしが耳にして立ち止まったのはその少女の名前部分だ。

 

――――――ミリーナ。銀色の髪の少女だという。

 

「確かに、どこにでもある名前と髪の色だけどね」

だからあたしはそのものがたりを聞いたとき、相手の名前も訊いた。

さすがそこ出身だけあって『勇者』の名前もきっちり知っていた。

「相手の名前は違ってたし。なんだっけ」

一緒に聞いていたからかガウリイにも印象的だったらしい。あたしは答える。

「ルーカス」

――――赤い髪の少年。

 

「…確かに違うわね。けど」

大事なことを忘れている、とあたしは言う。

――――――ルークのフルネームをあたし達は知らない。そして――――

 

「ルーカスの愛称って、一般的には『ルーク』じゃない?」

他にもあるかもしれないけど。

あ、と気づいたようにガウリイが声をもらす。

そう。もしそのものがたりの主人公が彼らならば――――あたし達は――――あたしは。大きな勘違いをしていたのかもしれない。

 

「ルーク」

そう呼ぶミリーナのそっけなさ。

ルークが勝手に言い寄っているんだと思っていた。けれど。

そう愛称で呼ぶことそのものが彼女の答えだったのかもしれない。

――――誰にも、本人たち以外にはわからない絆。

 

「…ま、ルークは闇の世界で生きてた時代があるって言ってたわけだし違うんだろうけど」

「なんだよ」

あたしが自分で言ったことを否定したためか眉をひそめるガウリイ。あたしは苦笑する。

だからそんな大したことないのよ、と言う。

 

――――単なる可能性の問題だ。

全く彼らのこと、何も知らないままあたし達は離れてしまった。

それが悔しくてかなしくて辛かった時もある。――――でも。

知らないことは『ない』ことではない。

聞いたものがたりに、可能性を当てはめてみるくらいは少しくらい許してほしい。それを確かめる術なんてどこにもないのだし。

―――そうであってほしいわけじゃない。キレイに吟遊詩人は語ってるけど詳細聞くと殺伐としたものがたりだ。望みたくない。

けれどその中にあるわずかな希望や、光は――――けしてものがたりで片づけてほしくない。

それだけは――――可能性があるのならあてはめたいと思う。

 

赤い髪の少年ルーカスと銀色の髪の少女ミリーナがその後幸せに暮らしたのかは知らない。もしかしたらその後離ればなれになり一時片方は闇の世界にって可能性もあるし、そのまま二人で離れることを知らずあたたかな暮らしをどこかで築いているのかもしれない。

けれどそれがどうであれ、あたし達の知っているルークとミリーナがその二人位の絆で、愛称で呼びあい、密かに結ばれていた――――。

それは――――ありうるのではないだろうか。

 

 

「…あたしとかもどっかで歌になってるのかしらね」

そーいや前吟遊詩人にひっつかれたこともあったな、と思い出す。それは事実を語っていたり。そうでなかったり。

歌って謳ってものがたりは知られていく。

それにガウリイは苦笑する。その心配をしていたのか、とでも思ったのかもしれない。

実際はただのちょっとした感傷じみたものなのだけど。

 

「それだとオレどういう風に言われてるんだろうなあ」

「リナ=インバースのお供のくらげは今日も何も考えずくっついています」

「をい」

けどきっと甘い関係に見られてないだろうことは確かだ。

まあ、端からでそう見られててもそれはそれでどうしたもんだけど。

 

――――多分あたし達のものがたりはまだまだ続くから語れない。

盗賊にからまれていたところを助けた金髪の剣士は勘違いから栗色の髪の美少女魔道士と旅をする。

何故か魔王だのなんだのと戦う羽目になり、それでも離れないで旅を続けた。

そして――――未だにお互いはっきりは言わないけど離せなくて離れたくなくて一緒にいる。

ページが書き足されることがこれからあると思う。そして、それがいつか知らないところで第三者が見たものとして語られるのかもしれない。あたし達をよく知らない人が聞くのかもしれない。

それも、一つの可能性。でも。

 

ふっとガウリイがあたしを引き寄せる。

「…でも、そういうのって本人たちにしかわからない方が本人としてはいいよなあ。きっと」

苦笑したまま、でもあたしに囁くように耳元で彼は言う。

それがあたしの思ってることと同じで、うなずきながら瞳を閉じて彼に引き寄せられた分体重を預けよりかかる。

 

「……あんたは子供の頃どんな風に呼ばれてた?」

呼んでみたいかも、と思わず想像の二人に対抗してあたしはガウリイの愛称を探すと、彼は笑って――ほんの少しだけだけどあたしの知らないじぶんの確かなものがたりを教えてくれた。