Short Story(not SFC)-短い話-

What is my name in the future?



 

その立場にならないとわからないことがある。

もちろんその立場になってもやっぱしわからないこともあるけれど。

 

―――小さい頃、近所のお姉さんやらがそれはもう嬉しそうに、名前が変わるのよ、と語ったのがあたしは不思議で仕方がなかった。

どうして名前が変わるのか。変えなきゃいけないのか。

そしてそれがどうしてそんなに嬉しいのか。

成長していろんなことがわかるようになってもその気持ちは変わらなくて、きっとわからないままだと想っていた。

 

 

「あ、いい忘れてたけど。名前、あたしがあんたの名乗るつもりだから」

「え」

実家の店の倉庫の整頓を二人でしている時に。

思い出して、決意表明をするように言うあたしに、唐突すぎたのかはたまたその内容にかガウリイは目を丸くして驚いた顔をした。

 

――――紆余曲折あって、あたしとこのガウリイ、いわゆる、その、まあ、一緒にこれからもいる決意をこのたび固めた。

あんましそのことで形にこだわるつもりはなかったのだけど、それをはっきし決意したのがここ、あたしの郷里だったからあたしたちだけの意見で済むはずもなく。

結局一通りの形は示すことになった。

 

そこまではいい。

大体のことは母ちゃんや姉ちゃんの命令―――もとい。希望を通してきた。今だってこうして言われて店の手伝いに倉庫整頓してるし。

けれどただ一つ、個人的にひっかかったものがあったのだ。だから。それを口にした。

 

「どーしたんだ?てっきりお前さんのことだから、名前変えたくないってきっぱり言うと思ってたんだが・・・」

持っていた荷物をおろしてガウリイが問う。

言われてあたしは頬をかく。

確かについ最近まで、絶対そうだと思ってたのだが―――。

「もしかして、名前変えてイメージよくしたいとかか?」

「違うわよ」

じと目でガウリイを見て否定する。どういう意味だ。

ため息一つついてあたしは答える。

「あんたがあたしの『家族』になるんじゃなくて。あたしがあんたの『家族』になりたいから」

ガウリイが更に驚いた顔をした。

 

――――自分の過去をあまり語らない彼。

いろいろあって、あたしはそれが彼の家庭環境のためだと悟った。

帰りたい郷里も、家族も、ない。

――――捨ててしまった。

 

その事に関しては、何も言うつもりはない。

ガウリイがそうせざるを得ないだけの深い闇が眠っているのだろうし。傷ついてきたのだろうし。それを責めるつもりはない。

けれどここ、あたしの郷里にきてからというものその反動が強いのか、彼はあたしの家族――――実家に必死に溶けこもうとした。

とけ込むことを嬉しいと思ってる。そんなガウリイに気づいた。彼からしたらうちの家族はあこがれた形だったらしい。

そして、それとは別に、うちの親としては、店をやってる都合もあって、そんな彼をよしとしていることにも気づいた。

 

そのせいで、流れが当然のごとく、『一緒になるなら当然ガウリイがあたしの方の名前を名乗る』というのが暗黙の了解みたいになってきた。

名前を変えるつもりはない――――というかその意味がわからないと小さいときから思ってたあたし。その案なら当然あたしの名前は変わらないから、よかった――――と思えると思った。

けど実際その現実を突きつけられたときからもやもやしていた。

しっくりしないのだ。その形が。

――――逆ならばまだわかるのに―――そう思えた自分がいた。それに自分で驚いた。

 

どうしてなのか理由を考えて――――ようやくこの結論に至った。

だから口にする。伝える。あたしも持っていた袋をおろして、作業を中断して真面目な顔で彼に挑む。

 

これから一緒にいるために素直な気持ちを。

 

「あんたが、あたしの名前名乗ったらさ。多分、うちの婿養子って形みたいになっちゃうじゃない?」

 

別にゼフィーリアに落ち着くことを決めているわけじゃないから、多分式だのなんだの片づいたらまた旅に出るんじゃないかな、なんて思ってる。そうなればこういうこともないしそう思う印象も少ないのかもしれないから関係ないんじゃないかと思われがちだけど、店を継ぐとかそういう問題をあたしは言ってるんではない。

 

「ってことは、あたしと、ってよりも父ちゃんや母ちゃんや姉ちゃんと『家族』になるって結びつきのが強いわよね」

 

それが悪いことだとは言わない。

仲が悪い義親子になるよりはいいことだろう。でも。

 

「でもあたしは、今ある『家族』にあんたを加えるんじゃなくて。新しく一から作りたいの」

 

――――今は何もない彼の『家族』を。

既に築いてあるこちらに引き込むのではなく、彼だけのものを―――与えたいのだ。

独立したものを築きたい。

 

 

『名前が変わるの。大好きな人と家族になるのよ』

そう幸せそうに笑んでいた近所のお姉さん。

何が嬉しいのか――――今ならわかる。

もちろん、彼の既にある『家族』の中に入るのが嬉しい、そうだった可能性もあるのだけれど――――ーそうではなく二人で新しい『家族』を構築できることが嬉しかったのではないだろうか。

その為に名前を彼に合わせることが。

 

ガウリイに既に『家族』があるのであれば、どっちに転んでもどちらの名前になっても同じだからまた違ったかもしれない。

けれど。

 

「あたしだけが名前からして正式な『家族』じゃ不満?」

言うと、あたしの顔を見てガウリイが微笑んだ。これ以上ないくらいまっすぐに。そして首を横に振る。

「いや」

言ってあたしの手をとって握る。

「いいな、それも」

そうつぶやく声がやさしい。

あたしの好きな声だった。思わずあたしも彼に微笑む。

 

 

「・・・まあ、今は二人だけでもこれから増えると思うしなあ」

「え」

家族を作りたいって言っただろ、と言われガウリイの言ってる意味に気づいて思わず顔が赤くなる。もしかしてすごいこと言ったあたし。

恥ずかしさからごまかしたい、と一瞬思ったけど。

 

「・・・・・・作っていけると、いいよな」

「・・・・・・ん」

彼があまりに真剣にその未来へのイメージをかみしめてる様子だからごまかしよりも誓いを優先した。

今はまだその気配はないけれど。

 

「あたし達だけの、あたし達らしいのをね」

その為にあたしは名前を変える。

 

今の『家族』にどんな説得をして戦おうかなあと思いながら、父ちゃんに見つかってサボりとかでいろいろ怒られるまでの刹那、これから家族になる人が抱きしめてくるのにあたしはちょっとだけ甘えた。