Short Story(not SFC)-短い話-
ムコウノマホウ
ある種、『冗談』とゆーのは、最強の魔法――だと思う。
「さては、あたしに惚れたな?」
もう閉まりかかった宿の食堂で。
口説いてるんだか今までの旅について単に訊きたいだけなのかどちらともつかないことをランツが訊いてきたことに対して、あたしはそう切り返した。
レゾの手配により賞金首になってるあたしとガウリイが、サイラーグへ反撃しに行く途中に再会した旅の傭兵である。
それにいっしょに行くと申し出てきてサイラーグまでの道のり、旅を共にすることになった。
今夜は夕飯を食べてもう各々部屋に戻って眠るだけ―――だったはずなのだが、どぉにも眠れなくて、夜食を食べに降りたら、同理由で降りてきてたランツに出くわしてそう言う経路に至ったのだ。
「惚れるかっ。おれはだなあ、兄キがどんな大変な思いをリナのせいでしてるかをなあ……」
酒を呑んでるせいだけではなく顔を赤らめて否定するランツ。
あたしは笑って向かいの席でスープを飲む。
「照れてる照れてる」
「大人をからかうなっ。子供がっ」
「その子供を前ナンパしたのは誰だっけー?」
うっ、と言葉に詰まるランツ。何しろ初対面はこの男、あたしを口説いてきたところから始まる。
「お前そーゆー冗談よく使ってるだろ。さらりと言ったあたり」
「まあねーv」
否定するのとか照れを隠すのに必死で本題を忘れてくれるからこの手の冗談は使うのに楽なのである。
大抵の男は可憐なあたしに言われて動揺するし。
今回賞金首になった原因は何か教えられないのかとか言う話題にさしかかってきたのでこの『魔法』を使ってみた。
「まさか兄キにも使ってるのか?」
兄キ、と言うのはあたしの旅の連れのガウリイを指す。
一回ね、とあたしは言ってスープを飲み干した。
見ると呆れ顔のランツ。
「……何よ?」
「いや……兄キにそれが効くか?と思ってな」
「効いたわよ」
さらり、と言うと彼は目を丸くする。
もっともガウリイの場合、すぐに話そらしてるとばれたけど。
「兄キがリナの毒牙にっ!?」
「ちょっと待てっ!」
思わずカラになったスープの器でどつく。
いつ誰が何を毒牙にかけたとゆーのだ。
「今のあんたと同じ反応しただけよっ」
「あー……そうだよな。兄キがこんな子供の冗談にひっかかる筈ないし」
頭をさすりながらほっとしたように言う彼。
「……ランツ、あんた喧嘩売ってる……?」
ぎろり、と睨むと一瞬ひるむ。が。
「でも、ンな冗談『子供』じゃなきゃ使えないだろ」
『女』には使えない、と最後にため息交じりにぽつりとこぼす。
なんとなく腹が立ってもう一度器を彼の頭に振り下ろした。
ランツの言う『子供』と『女』の違いがなんなのかなんてわからない。
まあ、この男のことだからどーせ深い意味もなくろくでもない区別なんだろーけど、と後々冷静に考えれば思うのだけれど。
でも少なくともあたしはその言葉上で、認めたくないけれど『子供』だったのだと思う。
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「おったから♪おったから♪」
あたしはザックに盗賊の貯めこんだ金銀財宝を詰め込む。
ランツとの旅から数ヶ月たち、彼は一人旅に戻り、あたしはガウリイと、そして増えた仲間のアメリア・ゼルと旅をしていた。
そろそろ旅費が危なくなってきた、ということでいつもの通りの盗賊いぢめである。
いろいろ物騒になっててもやることは変わらない訳で。
「あ。珍しいもの持ってるじゃないーvなかなかここらへんの盗賊にしてはいいしごとしてるわねーv」
「……こら」
ぎくり。
おたから吟味中のあたしにかける声1つ。
振り向くと声から予想は出来てたよく見なれた自称保護者だった。
どーやらまた後を追ってきたらしい。
初めて盗賊いぢめをしているのがばれた時には本気で怒って説教してきたもんだけれど、最近は怒気よりもため息交じりで諦め、な表情なところがある。
まあそれでも言う事は一緒なのだけれど。
「お前なあ………どーしてそう毎回夜中に抜け出して……」
「だって。盗賊達がアジトに集結してて狙いやすいのは夜だし」
「そー言うことを言ってんじゃないだろ」
あ。やっぱしちょっとまだ怒ってる。
「この間に何かあったらどうする気なんだ?」
「心配してるわけ?さては―――」
そこまで軽い口調で言って、あたしは突然言葉に詰まった。
別にランツの言葉をそこで思い出したわけじゃないし、気になっていたわけでもないと思う。
けれど何故かその続きを口に出来なかった。
あたしに惚れたな?
今までなら簡単に唱えられた『魔法』。
前にもガウリイ相手に唱えた『魔法』。
時が経っただけで何一つ変わっていないはずなのに。
言えない。―――と言うより。
言いたくない、と思った。特に彼相手に。
こんなこと今までなかったのに。
「……どうした?」
言葉を途中で止めたあたしを不思議そうに見るガウリイ。
慌ててあたしはぱたぱたと手を振った。
「なんでもないわよっ……わかったわ、もうあらかた徴収したし帰りましょ、保護者さん」
「お前なあ」
あたしがそう言ってくるりとなんとなく顔を背けてアジトの入り口の方を向くと、苦笑したように、ぽん、とガウリイは頭に手を置いた。
その手も、前は拒んでいたはずなのに。
―――いつの間にか、当たり前になっていて、居心地のいいものになっていて。
その、暖かさはなんなのか。
不意にその変化に、戸惑って、誤魔化す。
それまでのあたしのままの振りをする。
それでも耐えられなくなったら、ランツが変なこと言ったせい、と理由づけて、自分に言い聞かせて。
いつのまにか魔法が無効になる。
使えなくなる。
暖かさの理由も、その無効の理由にも今は気付きたくなくて。
『子供』で構わないのに、とあれだけ拒んでた扱いを望んでしまう。
面倒な感情なんて無縁な、自由に魔法が使える位置のまま。
彼にとってもあたしにとっても。
このままもう一度、最強の呪文を彼に唱える日がくることがないことに気付いたときに――あたしは彼の存在に泣いた。