10 of us die from converting -変換してから10のお題-
09.むげん(無限)
ある日旅すがらあたしは噂を耳にした。
曰く。五百年以上も昔伝説となった魔道士が、老いることなく姿を変える事なく生きていると。
それを聞いた時思わずあたしは、哂笑した。
「人間がそんなに長く生きられるはずないじゃない」
――そう、人間ならば。
「お主、もしかして旅の魔道士、か?」
食堂で昼食をとっていると。
老人にそう声をかけられた。
半信半疑の声。まあそうだろう。
今日び旅をしてうろつく魔道士――アウトドア派はめっきり減っている。魔道士=研究室で閉じこもっている、と言う認識のがもはや一般化している。
理由は簡単。
旅をして仕事探しをしたところで依頼なんてほとんどないからである。
数百年前。北の魔王と呼ばれる存在がとある魔道士によって倒され、王を失った魔族は統率がとれなくなり姿を全く見せなくなった。
おかげで人同士の争い以外の混乱はない平和をこの世界は手に入れた。…って人間のがやっかいだ、と言う話もあるが。
脅威になりうる存在がなくなれば、それに対抗すべき術も必要としなくなる。
結果。攻撃魔法を覚えるものも減り、またそれで食って旅する魔道士はほとんどと言っていいほどいなくなったのだ。交通網が発達しだしたこともあり旅人と言うのもかなり一般市民でも気軽にするようなものになってしまったし。
攻撃魔法をしっかり会得する魔道士は宮廷魔道士位だし、そうでなくても必然といい給料で食えるその職に就こうとする。
だからしていかにも、旅で食ってる魔道士です、と言ったあたしが珍しいのだろうけれど。
「依頼をしたいのじゃが…受けてくださるか?」
「依頼?」
これまた珍しいことを言う。
あたしは来た料理に手をつけながら、
「屋根の掃除だとかだったらお断りよ?」
前もって言っておく。いや、以前空を飛べるならとそんな依頼を持ってこられたことがあるのだ、実際。
「――かなり危険で攻撃魔法が使える魔道士でなければならんのだ」
声を潜めて。そう固い表情で言われあたしは料理に伸ばした手を少し止める。
「…それなら、ことによっては高くつくわよ?」
その言葉で攻撃魔法が使える事をあたしは示した。
この町の子供が何者かに連れ去られいなくなる事件が頻発している。
そして、その目撃者によると『何もない空間からその犯人は子供もろともかき消えた』らしいのだ。
空間を渡る。魔族。魔道をかじったものがすぐにその事に気付いたものの、だからと言って対処できる術をもつものはこの町にはいなかった。魔道士協会もない小さな町なせいもあるだろうけど。
そこで、見つけたあたしに白羽の矢、と言う事らしい。
しっかし、運がいいと言うか何というか。このご時世でそんな依頼をうけるよーなひとはあたしだけだろう。それが本当なら、ひとのかたちを司った魔族――相当高位の、が相手となるのだから。
あたしだって昔なら断固断っていた。けど、町の人みんなで集めたと言うその依頼料が、魔族相手のせいか破格の金額だったのだ。
それに、穏やかな日々を続けるのもだいぶ飽きてきてた。実を言うとこっちが大きい。
依頼内容は、町の子供たちの護衛と安全確保。倒せるならもちろんそれに越したことはない。が、さすがにそこまでは依頼として言うわけがなかったらしい。
騒ぎが沈静化するまで、と言う条件であたしはその依頼を受けた。
「…子供さらい続ける、なんて何考えてるんだか」
思わず独り言が声になる。
子供が多い町の中を巡回中。
はっきし言って、今まで魔族がそんなことする例をあたしは知らない。
彼らなら、連れ去る、よりもその場で殺してしまった方がありうる。もちろん連れ去られた子供たちが今でも生きているという保証はないけれど。
――何をたくらんでいるのか。
それとも目撃者の見間違いや嘘か。その可能性は大いに有り得る。
それならそれで、その噂の原因をぶちのめせば済むこと。いずれにしても状況を自分の目でちゃんと見極めないと話にならない。
「ほら、そろそろ子供は帰んなさーい」
黄昏時が近付き、大人たちの心配をよそに制止もきかず外ではしゃぐ子供たちをあたしは町で見掛ける度に声をかける。
…とりあえず今日は何ごともなく済みそうだが――。
そう思った刹那。ぞくり、とした何かがあたしの中によぎった。
異質な空気。
長らく感じなかったもの。これは――。
「…っ」
あたしがそれを感じ走り出してすぐ、その方向から微かな悲鳴が聞こえた。
空は黄昏から闇を増した世界に染め変えるのが早かった。
家と家との間に生まれたわずかな裏路地。
そんな中黒いものが確かにそこにいた。
「ちっ。このガキ死にやがった」
その黒いものは抱えたものに対して言葉を発する。そして。
ずるり。
腕から幼い者がこぼれる。
そのこほれたのの顔には苦悶のあとと、口を押さえたことによる手のあとがわずかな夕日で見て取れた。
首が微妙に変な方向に曲がっている。
たぶん悲鳴を止めようと顔を抑え、力を入れすぎたのだろう。
「しかもわざわざ死にたいやつまで呼びやがって」
吐き捨てるようにその黒ずくめの男は子供を見た後―――あたしに目をやった。
暗殺者?
スタイルは似ている。けれどどこか違う―――
「リナ=インバース……!?」
あたしが言葉を発しようとする前に言葉をこぼすその黒いもの。目を一瞬見開く。
それにあたしのが今度は反応した。
本で見て知ってたという感じではない。
実際、リナ=インバースに会ったことのある反応。
けれどそれはありえない。
だって、リナは。リナ=インバースは数百年も前に――――。
「お前も生きていたのか。どんな技術を使った?」
おかしそうに笑う男。
ありえない。人である限りは。
「まあいい。五百年前の復讐といくか」
けれど人でなければ。
人をやめてしまっていれば。
大昔―――リナがまだ生きている間に聞いたことがあった。
人と魔族の融合を国ぐるみで図った男がいたと。
女子供をさらい、非道な実験を行い。
首謀者は倒したものの残党はどれだけ残っているのかわからない。
そしてその残党により―――2つ目の魔王のかけらがよみがえり、それを倒す羽目になったのだ、と―――。
人と魔族の融合。
人魔、と。空間を渡る術などを持つ『ひと』だったもの。
五百年も前に聞いたこと。
けれどそれがすぐにあたしの頭の中に思い出された。
すべての情報が物語っていたから。
彼らは今もなお生きていたのだ。
人間でないなら無限の命とまで言わなくても、それに近いものを手に入れてもおかしくはない。
そして。あの頃と変わらぬ姿で、変わらぬ行為を。
あたしは手加減を一切しない戦い方をした。
久しぶりだ。黒魔術を本気で使うのも。
仮にもひとのかたちを―――殺めるのも。
世界は確かに前より平和になった。
攻撃魔法が廃れていく中、それでもあたしにはこれしか選ばなかった。
魔法の技術を高めて旅をする。
こういう奴等が残っていたとき戦えるように。
この長い時を過ごしていくには、これしか。
「魔王剣!」
「何っ!?」
隙を見て手に生んだ赤い刃が、それを上下真っ二つにする。
長い時をかけて見つけ出した術。
普通ならこれで終わり。けれどそれでも彼らは生き延びる。それも聞いてる。
だからあたしはぶった斬った後、すぐに手の刃を消し再度別の呪文をすぐさま唱える。死角に回る。
「覇王雷撃陣っ!」
そのとどめは確実に効いた。
悲鳴すら上げさせぬまま間違いなくそれを砂へと変えた。
「ひとつ―――訂正しておくわ」
あたしは。
既に命のない子供を抱きかかえて悼みながら言う。
聞く人などもう誰もいない。独り言。それでも。
「リナが。本物のリナが生きているわけないじゃない。あんたたちと――あたしと違うんだから」
リナは普通の人間だった。
だから彼女は普通に老い、そしてゆっくりと朽ちていった。
自然の理。
魔族に作られたコピー。
変わらない、と思った。リナと。普通のコピーと。
違いに気づいたのはいつだったろう。
リナが老いていく中、あたしには全くその気配がなかったからだろうか。もっと前だったか。昔過ぎてそれは思い出せない。
死ねないわけじゃない。
あたしだって怪我をすれば治癒には呪文なしでは時間がかかる。実際あたし以外のリナコピーは生き残ってはいない。あたしが倒した。
逆に言うとだからこそ生き残ってる例があたししかいなかったからわからなかった。
ただ、『自然に老いる』ということがない。
年齢によって新陳代謝が弱って動きが鈍って―――ということがなかったのだ。
禁呪を唱えさせるためには常にベストな状態のリナを保つべきだと魔族が考えたのか。それともたまたまそうなってしまったのか。それはわからない。
五百年もたった今でもあたしは姿を変えず18・9のまま。
病か致命的な大怪我でもしない限り死ねない。
だからといってそれを自ら選びたくはなかった。
流れに逆らわず、無限の世界を生き続ける。
時が許す限り。
「…こういう世界もやっぱり無限に続くのかしらね」
ひとだったものがひとでなくなりひとをひとでなくして。
そして、だから、あたしは無限に戦った。
―――自分も既にやはりひとではなかった諦めとともに、自分以外のひとでなくなったものを滅するため。