20 Topic for Slayers secondary creations
-スレイヤーズ2次創作のための20のお題-
09.森
――今まで、いわゆる日記的な記録を書くシュミはあたしにはなかった。
というか、書くべきじゃないんだろーなー、と。過去書いた自分の記録のこっ恥ずかしさにのたうちまわる人たちの姿を見てたりして、そういうもんなのか、多分書いてる当時は気づかないんだろうな、じゃ、やめとこう、と。
考えてみれば別に誰かに知らせたい内容もないし、読ませるもんでもないし。
あたしのことはあたし自身が知っていればいい。
まああえて語るんだったら郷里の姉ちゃんとかに旅のみやげ話としてで――――と思ってた。それでよかったのだ。
最近の、それではすまない状況になるまでは。
「リナ、ここ文章おかしくないか?」
羊皮紙の巻物の一カ所を指さしてガウリイが言う。
へ、と、ガウリイの指摘に確認するあたし。見れば彼の言うとおり言葉がおかしかった。
「あ、ありがと直すわ」
言ったものの巻物の性質故に一から書き直すと思うと、めまいがする。
天気は雨。しばらくこの天気は数日続きそうで先日から足止めをとあるこの町でくらった。
ガウリイの剣を探す旅をしている途中だが急ぐ旅でもない―――というか急いだところで伝説の剣に出会う確率はそう変わる訳じゃないし。
ついでに言うとあたしも今あんまり調子がよくなくて。あの。…まあ察してください。いーから。
そんなわけでそう言うときにしかできないこと―――魔道士協会への報告書を作り出した。
報告すべきことはいっぱいたまってる。とりあえずは最近あった大きなこと―――魔竜王と冥王が滅んだ一件を伝えることにした。
この報告書、というものがくせ者だったりする。魔道士というのはどうしても研究気質なところがあるせいか、なるたけ事実を正確に伝えようという思いで文章を書く。
もちろんそれは正しいといえば正しいのだが、正確に細かく学術的に書きすぎて、読む側を置いていく傾向にある。
専門用語の多様使用。それでいて初歩的な部分は割愛。
協会に出すものなのだからそこまで気にする必要はない―――と言いたいところなのだが、書き出して書いてるあたしが、誰が読むんだこれって内容になってしまって頭を抱えた。
話がでかすぎて正確に書こうとすればするほど嘘臭いし、今まで世間が知らなかった知識が多すぎるし。そもそもあたし重破斬のこと協会に報告してないし。
ここは適当に客観的に誤魔化しても問題ない部分はぼかそう、とか書き方をここ数日吟味してる。
そんな中暇だったのかガウリイがあたしの様子を見て、書いた部分を読んで―――今みたいにたまに指摘してくる。
この男、普段本とか文章を読まないように見えるし、そもそも字が読めるのかと疑う人もいるかもしれない。実際図書館行ってもすぐ寝るタイプではあるのだが意外とそばで誰かが書いたものとかは興味があるのかちゃんと読んだりする。
あたしの報告書の大半は魔道理論も絡むので彼にわかるはずはないのだが、それでもなんとなくで読んでるらしい。客観的な書き方を今回は目指してるあたしとしては有り難いと思ってそのまま読ませてる。
大体が専門用語への質問が多いのだが、こうやって誤字脱字的な指摘がたまにあるからあなどれない。ガウリイの癖に。
そんでもってそういうのが見つかるところって大抵説明に困ってあたしがわざと表現ぼかしたところだったりするのが参る。下手なこと書くと文章で感情が読まれそうというか。正確に細かく書かないことの難しさ。
「あ、もう一カ所おかしなとこが」
「嘘でしょ!?」
彼の指摘に確認すると明らかな誤字。うあああああ。ここも書き直しか。
頭を抱えるあたしにガウリイが苦笑する。
「ちょっと、新しく書きすすめるよりも、一休みして書いた部分見つめなおした方がいいんじゃないか?」
暗に、ダメだしされたようなものであたしは力なくそれに頷いた。
宿からいただいた香茶を入れて一休み。
そんなあたしの傍らでガウリイは引き続きあたしの報告書を読んでいる。その光景はあんまし見ないもの。
「……あんたにはわかりにくいでしょーによく読むわよね」
読ませてるあたしが言うのもなんだけどその姿にやっぱりもの珍しくてあたしは香茶を飲みつつ言う。ガウリイは頬をかいた。
「や。……確かにお前さんの魔法がどうとか魔族がどうとかはよくわからんが、視点が違うから面白い」
「視点?」
「リナから見た最近の出来事だろ?前アメリアがこんなの書いてて読んだけど、あれも面白かったし。まああれは随分オレの知ってるのと違いすぎたけど」
そーいえばそんなこともあった。
アメリアはあたし達の旅の記録として捏造―――もとい。脚色しまくったのを書いていたっけ。
あれに比べたらかなりあたしは頑張って事実に基づいて書いている。あたしから見た―――とガウリイは言ったけどこれでも客観的にしてるつもりだし。
「……今回お前さんが書いてる内容、オレがいなかった時のだから新鮮というか。いる時のがもっと面白かったけど」
ああ、とあたしはうめく。そう言うことか。
自分のいない間何があったのかを彼は知りたいのだ。でもあたしは曖昧にしか彼に口で説明していない。
語らない以上彼にとってはこれが貴重な情報。
「…でも、ここの場面とかはオレいたと思うのに、いたはずのとこでも全然出てこないよなあ」
残念そうな声で指摘されてちらりと彼の指さす一文を見る。確かにガウリイはいたところだけれど。
「…あくまでもこれ、あたしの単なる旅の記録じゃなくて魔道士協会に提出するものだからね。あんた魔道に直接関わってないから」
肩をすくめて誤魔化す。
―――語るのはもちろん、あんたを文章内に出すだけで感情的になりそうだからあえて書くのを避けてる、なんて。言えるはずがない。
なんで客観的を心がけてるのか。いやもちろん報告書だからなのも大きいけど、それが一番だけど。
今回は協会に出す魔道報告的文章だからなるたけ冷静に書くようにしているし、できてると思う。でもそうでなければ――――
誰かに知られたくないようなじたばたした感情がその文章から伝わりそうな気がするのが――怖い、だなんて。
……本当は全ての情報という森を隠したままでもいいのかもしれない、とも、ちょっと思ったのだ。
そもそもがどんなに伝えたいことを伝わりやすく配慮しても協会が信じてくれるかわからない。それなのに別に知られたくない情報部分―――森の中の宝の木を、第三者に知られるリスクをもってしてまで伝える必要があるのか。
知らぬ存ぜぬを貫くのは別に難しいことじゃない。本来なら。
一緒に旅してた人間がアメリア――王族の人間とゆー、ややこしい環境になければ。
「セイルーンに帰って今回のことを世に知らせるわっ!」
一件が終わり、別れる前に言った。びしっとポーズを無駄にとりながら。
「……てことで、この前書いた旅の記録、セイルーンに帰る道すがら直して世に広めるからっ」
「ちょっと待てい」
その言葉にツッコミを思わず入れる。一抹の不安。何せその旅の記録、あたしの一人称で捏造しまくって書かれてたから。
郷里のセイルーンに帰る道すがら――ということはこれから別れるあたし達は当然それを読めない。全くノータッチな文章が広まるわけで。
先日ガウリイにダメだしされてへこんでたからアレよりひどくなることはないと信じたいが、それでもあたしの知らない間に勝手なことが書かれて広まるのは勘弁願いたい。
「だって、リナ、今回のこと協会に報告するつもりあるの?」
言われて言葉に詰まるあたし。
「リナ自身が伝えなかったら、わたしたちの正義の行いは誰にもわからないままなんてっ!そんなのわたしの正義の心が黙ってないわっ!て、ことでわたしが伝えるから安心して」
……こう言われたら、わかったあたしがちゃんと正式なところに報告するから待ってくれ――――と答えざるを得なかったのである。知らないところでいろいろ書かれるよりはと。
武勇伝を口で語ることはそれまでしたことはあったものの記録として残すのは極力後々のことを考えて避けてきたというのに、本当どうしてこうなった。
あたしの文章を読むのに夢中なガウリイをあたしはちらりと見る。
これから、今回の一件を無事に書き終えたとしてもこういうことがまたあるのだろうか。もうなるたけないと信じたい。
――――書く度に、伝えるべき大きな事実と気づかれたくない小さな感情とが合わさった『あたしの記録』のバランス――――情報の森の構成に悩むことなんて面倒すぎる。
―――ただでさえ自分で最近それに気づいてからは、その感情が色々面倒だってのに。
「協会のとは別で、何か起きたこと、これからは記録してみたらどうだ?リナ。日記みたいに」
何も知らないガウリイが何も知らない発言をする。
「それなら、オレ出てくるんだろうし。アメリアもこういうのあった方がいいって前言ってただろ。読んでみたいな」
「……」
ざわめいた音が、した―――気がした。雨の音か、それともあたしの心の動揺か。
客観的でないあたしから見たあんたを知る覚悟があるとゆーのか自称保護者め。
そんな覚悟、今はまだあたしがつかない。
つく日が来るのかも、今はわからない。
「…あんたが書けばいいのに」
ため息混じりに返すあたし。むしろあたしが知りたい。
彼から見たあたしがどんなんなのか。文章の一語一語から本人の無意識な部分まで拾えるかもしれないから。
形に残るならもし今気づけなくても読み返しているうちに気づけるかもしれないから。
あたしの言葉に困ったような顔をするガウリイ。あたしの言葉が、相当報告書を書くのに疲れたものだと判断したのかいたわるようにあたしの頭を撫でる。
「まあ、無理するな。別に期限が決まってるものじゃないんだし、気を詰めても」
「……」
確かに期限はない。
けれどけして事実がなくなるわけでもない。―――だから参る。
「……当分余計なものはあたしは書かないからね」
あたしの頭抱えた決意表明に苦笑するガウリイ。
頭の中で、一つの公開しない木を消した森の姿を思い描きながら―――目の前の羊皮紙に新たな文字を載せた。