Short Story(not SFC)-短い話-
見えない言の葉
「あなたのそばにはガウリイさんがいる」
ミリーナにそう言われて、あたしは思わずいつもの説明をした。
「……まー……あれは、あたしの『自称保護者』だし。」
間違ってない答え。
あたしは保護者をしてくれとは申し出た記憶はないし、ガウリイ本人も前言ってたこと。
自称保護者。
けれどミリーナはもしかしたらこの答えに違和感を感じたかもしれない。
少なくとも―――それを言った後のあたしには、自分ではわからないものの違和感がつきまとった。
その時まきこまれている事件が事件だけにそれがなんなのか考える余裕なんて、なかったけれど。
考えたくなかったのかもしれない。
「……暑い」
真夜中になんだかやたら寝苦しくてあたしは目を覚ましてベッドから這い出た。
―――ガイリア・シティの一角にある宿屋。
2日ほど前。覇王将軍シェーラをぶち倒して最近起きていた事件を片付け、現在はアルス将軍の取り成しで事後処理手続きを着々と進めている最中。
とりあえずあたしとガウリイ、そしてルークとミリーナの4人は城下のこの場所に手続きが終わるまで待機している。
のどが乾いて、あたしは自分の部屋を出る。
時間が時間なだけに、さすがに廊下にも誰もいない。
もう夏も過ぎ、かなり外は寒くなっている季節なのだが、今日はみょーに暑い気がする。
下に降りようとするとガウリイが階段の下からこっちに向かって昇ってくるのが見えた。
「リナ」
向こうも気づいて階段を昇りきってあたしの前に来る。
「……どこに行く気だ?」
「下に水のみに。今日やたら暑くない?のど乾いちゃって」
「そうか?」
首を傾げて、その後なにかに気づいたような顔をして疑いの目であたしを見る。
………をい。
「もしかしてそれは言い訳で、盗賊いぢめに行くんじゃないかと思ってるわけ?」
「違うのか?」
「だったらこんなかっこうのままでいないわよっ」
水を飲むだけだし、誰にも会わないと思っていたのでパジャマのままだったりする。
――――まあ、もしもの時の為にナイフはこんな時でも常備しているけれど、いくらなんだってこんな丸腰で外に出ようだなんて思わない。
「そーゆーあんたは何してたのよ?こんな時間に。トイレ?」
「ああ。暑いってより今日は寒いと思うんだが。いつもより冷えて」
「あんた温度感覚までぼけてるんじゃないの?」
あたしは苦笑して、ガウリイの横を通り、階段を降りようとした。
が。
「――――へ?」
突然ガウリイの腕があたしを掴んで、引き戻した。
「なっ…なによっ!?」
あたしが言うのも無視してガウリイは逆の手をあたしの額にやり、眉をしかめた。
「おまえさん…熱があるじゃないか」
「……へっ?」
そーいえばいつもよりどっか体が重いとゆーかだるいとゆーかそんな感じがする。
頭の方は痛いと言うよりかは集中がなんとなくできないなーとは思ったのだけれど、暑さのせいとか起きがけのせいだろうと自分では思ってたのだけれど。
「気がつかなかったのか?」
呆れ顔で言うガウリイ。
最近熱を出すような病気も何もしてなかったからかもしんない。正直に全く気づかなかった。
この男は―――ちょっとの会話だけでどうして気づいたのか。
なんとなく悔しくて睨み付けると、呆れたままの顔でガウリイがあたしの体を持ち上げた。
「ちょ……!ちょっと!何すんのよっ!?」
「静かにしろ。みんな寝てるんだし。ルークとかに見られたいのか?」
そう言ってあたしを抱えたままあたしの部屋へと歩いていく。
優しいけれど真剣な口調でそう言われて――あたしは黙った。
部屋の扉を開けて、あたしをベットの上にゆっくり下ろす。
「おまえさんは寝てろ。今、水とかもってきてやるから」
そう言って部屋を出るガウリイ。
「大げさ」
そうあたしが言ったのは彼に聞こえたのかどうなのか。
あたしは毛布をかぶってくるまった。
『やっぱり無事だったか』
ガウリイを待っている間、暗い部屋でぼうっとしていて、ふいにこの前の事を思い出した。
彼がそんな時戻ってくる。
「だいじょうぶか?ほら、水」
「………ん」
横たわっていた体を上半身だけ起こして、受け取りのどに流し込む。
冷たくて気持ちがいい。
「風邪か?ここのところ急に冷えてきてたし。医者呼んだほうがいいか?」
「…いーわよ別に…咳とか出てないし多分疲れから来た熱だと思うから」
今度はあたしの方が呆れて、ガウリイにそう言う。
こんな時間に医者なんか呼ぶほど重病人じゃない。
水を飲み終えると、横に寝かされ、ガウリイはあたしの額に冷えた水でひたしたタオルをしぼって、乗せる。
「明日はゆっくりした方がいいな。一日寝てろ。ルーク達にはちゃんと休ませてくれって言うから」
「………単に熱出しただけじゃないのよ。あんた何でそんな大事にするかな。明日にはちゃんと下がって普通に動けるわよ」
「だっておまえさんが熱出すなんてめったにないじゃないか。
それに死んだばーちゃんは普段元気だったのに熱出してそのままだったんだぞ」
をい。
お祖母さんと一緒か。あたしは。
小さくため息をついてあたしは毛布を口元にまでやり、呟いた。ガウリイには聞こえない位小さな声で。
「……どーゆー基準値なのよ」
けれどもそれに彼は反応する。
「………何が?」
呟きを聞き取られたのに少しだけ戸惑う。
けれど熱のせいか判断力に少しだけ欠けて、素直にあたしはベッドに潜ったまま言葉を口にした。彼の顔は、見ない。
「………魔族相手にした時は心配しないくせに、なんでこんな熱出した程度でって言ってんの」
……言った後少し後悔した。
けれどもきっとガウリイには―――
「……何の話だ?」
やっぱしわかってなかった。
「いいわよ。単なるひとりごと。おやすみ」
あたしは寝る方向を後ろに変える。
すると後ろ頭をくしゃり、と優しくなでられた感触。
ガウリイの、何故か苦笑する――声。
まるで、それこそ独り言の様に。
「……知ってた、からな」
――――何が?
「しっかり寝るんだぞ。じゃあオレは戻るから」
あたしがその問いを口に出す前に彼はそう言って部屋から出る気配。
それにより言葉を飲みこむ。――言葉には、しない。できなかったのかもしれない。
あたしはその時、ふと気がついた。今までの違和感の――理由。
もう一度、体を元の向きに寝返って戻して扉の方を見る。
「どうした?」
扉を開けて、去る際に閉めようとしたガウリイもあたしを見て言う。
言わないのだ。
前ならいつも誰にでも、あたしにも言っていた言葉。
ここのところ聞いてない。
ルークとミリーナの前でも言っていたことはないんじゃないだろうか。
自称なのに、彼の口からは。
『オレはおまえさんの保護者だから。』
――――忘れてる?自分の肩書きを。まさか。だからこの前―――?
何故かあたしの中にもやもやしたものが広がる。
それを誤魔化す様に、あたしは首を横に軽く振って、寝返りをうったせいで額から落ちた、タオルを寝ながら拾った。
「……なんでもない」
「そっか。おやすみ。」
「………」
いつもの変わらない優しい笑み。
それはいつもの保護者の時の彼で。
あたしに優しくする時の彼。
安心を何故かしてしまう―――表情。
「……ま……いっか………」
ガウリイが去って扉が閉まった後、あたしはその扉を見たままつぶやいて、タオルを額に乗せ直した。
なんとなく力が抜ける。
ちゃんと聞けば答えてくれるのかもしれない。彼が言わない事、あたしが訊いてない事。
けれど。
忘れててもそうでなくても結局は何もかわらないのかもしれない。
変えるつもりも、ないのかもしれない。
……ただでさえあの男の事だから何にも考えてないかもしんないし……。
そう、去る時の彼を見て、思えた。
言葉を表さなくて、今はいい。
今はそれでいい。
彼の中の基準値が変わってたとしても。
保護者な肩書きを忘れてても。
信用さえあれば、してもらえれば、していれば、どちらにしても旅は続けられる。
多分大丈夫。
目をつぶれば額のタオルの冷たさがとてもよく感じられた。
それは、とても心地よくて。あたしは安心して眠りについた。
旅の『理由』の方は―――その時のあたしは忘れていた。
それを思い出すのは、また数日後の話。