Short Story(not SFC)-短い話-
ままごと
自分でも予想外なくらい、今、あたしは機嫌が悪い。
「ねーねー、あれ見たい、あれ、お兄ちゃん」
ガウリイの服をくいくいっとつかみ、しがみついてるかのごとく傍らにいる彼女は可愛らしい声でそうねだる。
それに、どれどれと笑顔で彼女の目線にあわせ、屈みながらガウリイは彼女と同じ方向を見る。
彼女。6つになる、とある資産家の令嬢の旅の護衛。
それがあたしとガウリイに来たしごとだった。
「可愛い子には旅をさせろ、と言う」
気難しい顔をして彼女の父親は言う。歳をとってから出来た子、ということで娘が小さい割には結構な年齢に見える。
「それは自分への説得に過ぎない。本当はそんなことはさせたくないのだ!だが遠く離れた私の父親がどうしても孫の顔を…!孫の顔を見たいと言って聞かなくてな!!」
「いやあの。」
なにやら自分の世界に入り始めたんであたしは口を挟む。が聞いちゃいねえ。
あたしたちではなく無意味に天井を見てこぶしを握る。
「父は老いていてこの街には来られない。だがしかし私も仕事の都合上ついていけなくてな。妻は妻で今臨月で第二子が生まれるところなのだよ」
「…はあ」
「しかしそんなのをお構いなしに父は、私は老い先短いのだからいますぐ孫のシシィを見せに来い、連れてこなければ手を回しあらゆる手段を使っておまえの起こした事業をつぶしてやる、と懇願してな」
「いや、それって脅迫ってやつじゃあ…」
「私もそう思うのだが世間一般の祖父というのはそういうものだと言われたらそんな気がしてきてな、要求を飲むほかないと思い始めてきた」
丸め込まれたんだ。つーか既にじーちゃん悪人扱い?
…まあ、あたしも過去にそんな孫バカじーちゃんとか見てきたけど…。
「しかしやはり6歳の子をこの物騒な世界にひとり旅立たせるわけにはいくまい。ということで行き先が同じと言うことだし、君たちに祖父の街までの護衛を頼みたいのだよ」
はっきし言って依頼料は破格の金額だった。
街までは十日もあれば着くだろうし、確かに子供・老人にはきつい道のりかもしれないけれど旅に慣れてるあたしたちにとってはさして問題のない程度である。
あたしは二つ返事でそれを請けた。
その孫娘、シシィは親父さんには似ず愛らしい子だった。おとなしそーな子だったし、旅は順調に進むかに見えたのだが。
甘かった。多分何が甘かったって、彼女へのおとなしそう、って認識と。
ガウリイが思いのほか子供受けする、ということ。
あと道の途中の街がいろいろ祭りを行っていたのにあまり気にしなかったのも原因だと思う。
シシィがあれなにこれなにと好奇心いっぱいに歩くたびに食いつく。
そしてそれにガウリイは付き合う。もちろん笑顔で。
そうしてあたしに目を向ける。
「リナ、あそこシシィと見てきていいか?」
「駄目」
「えー、いいでしょ、ちょっとくらい、ね」
「それ何回繰り返してるのよっこの街だけでっ」
あたしの反対にシシィはむくれる。むくれて、その後ガウリイにねだる。
「おにいちゃんと見たいー」
しがみついて、甘える。するとこの男は苦笑してシシィをあやすのだ。
「リナが駄目って言ってるんだし。今日泊まる宿のこともあるし。ここは我慢しよう。な?」
彼女の頭を撫でて。
それに、残念そうに、内心嬉しそうに。シシィはうん、わかった、と素直にガウリイの言葉に従う。
そして。あたしの目を気にしたようにあたしを見つめる。
――ガウリイが子ども受けする、と言う言い方は間違っているかもしれない。この場合。
彼女のガウリイへの甘え方。確かにそれは子どもが大人に甘えるもの、そのもので、そのものにしか見えない。表向き。
けれどそうしながらあたしを気にするその目。
それは間違いなく歳とか関係のない『女』を意識したもの。
彼女は彼女なりに、幼いながらもガウリイに惚れてしまったのだ、とあたしはすぐわかった。
ガウリイは女・子どもに優しい。
それを自分だけのもの、と勘違いし一目ぼれする女、というのは今までいくらでもいた。アプローチする女もいた。彼はなびかったけれど。
大抵はいかにも、色香を振りまく女。
大人の女、としてあたしを見下そうとし、やたらあたしにつっかかってくる女たち。ただの相棒だ、それ以上でも以下でもない、と言ったって聞いちゃいない。
こーゆー女にばっかり惚れられるガウリイに無性に腹が立ったこともあった。もーちょっとまともとゆーか地味な女相手なら、と思ったこともある。あたしに迷惑かけないでよ、と。
でもそれは間違いだ、と本当はあたしは知ってた。
相手が誰だろうと面白くないのだ。彼に惚れる女。
――でも今あたしが機嫌が悪いのはそれだけが原因じゃない。
宿に着くと、はしゃぎ疲れたのか結構早めにシシィは眠ってしまった。
できるだけ彼女の体力に合わせているもののやっぱり慣れない旅は大変なのだろう。
あたしは彼女を部屋に残して、隣のガウリイの部屋へと訪れる。
この辺はやっぱり女の子で、どちらかと相部屋、というと即彼女はガウリイでなくあたしを選んだ。
…まあ、だからと言ってあたしにどちらかといえば好意的でないのに違いはないんだけれど。
でも下手な『大人』を振りまいてる女たちよりよっぽどましだ。こちらを窺うような目で見るだけで特に何もしない。
「シシィは?」
ガウリイの部屋に入るなり第一声がそれだった。
…。
「眠った」
短くあたしは答える。そっか、と彼は言う。
あたしはため息混じりに、若干彼をにらみつけて言う。
「あんた今回のしごと、すごく楽しそうよね」
椅子に腰掛ける。ベッドに腰掛けている彼はあたしの言葉にきょとんとした顔。
「そうか?」
「少なくともシシィ甘やかしすぎ」
あの子に付き合ってたら、いつまで経ったって目的地につけないのに、と言うとガウリイはおもむろに立ち上がって、あたしになだめるように手を伸ばした。
「…反対におまえさんはあんまし機嫌よくないよな」
自分で請けたくせに、と苦笑する。笑ってあたしの頭を撫でた。
それは今日シシィにした行為と同じ。
子ども扱い。
今に始まったことじゃない。知ってる。けれど。
こぉも本物の、どう見ても子ども、と同じ扱いされるとは。
多分これだ。これが大きい。面白くないのは。
そんなあたしの心中も知らず、穏やかな笑みのまま、甘やかしてるってよりも、とガウリイはつぶやく。
「なんていうのか。ままごとみたいだな、と思って。つきあってやんなきゃなあと思う」
「…ままごと?」
意外な言葉に彼の顔を見上げて聞き返す。
ほら、妹か弟ができるみたいだろ、とガウリイが言う。確かにシシィの母親は臨月だといっていた。
「最近そっちが重視されて。お姉ちゃんなんだから、って言われだしたらしいんだ。それで大人にならなきゃ大人にならなきゃ、って。我慢してたらしい。まだあの歳なのに」
だから、大人が構ってくれる事に飢えてしまった。
なら自分がこの旅の間だけでも子どもでいいんだ、としてあげてもいいと思った。
親代わり。それをシシィもわかって甘えてくれてる気がする、と。
子どもがわり。お互いがわかっててやってるにせもの家族。
それはまるで、ままごと。
ガウリイのその言葉に、あたしはまたもやため息をつく。それは機嫌が悪いのと呆れと、半分ずつ。
彼らしい、と言うかなんというか。やっぱり甘い、と言うか。
もちろん彼の言うこと、思うことも確かにあるだろう。正解ではあると思う。
でも。彼女に眠るその感情にはやっぱり気づいてない。完全な正解ではない。
大体ンなこと言ったら世の中の、弟妹いる子ども全員を甘やかさなきゃなんないだろうに。
きっと、その『ままごと』の中で彼女の本当に望む自分の配役は、ガウリイが父親ならば、『子ども』ではない。
ただ年齢から、一番違和感のない『子ども』を演じることに甘んじてるだけ。
ままごとにままごとを重ねる。頭のいい子なんだと思う。
どうしてこんな風に気づいて、思うのか。
そもそもなんで彼に惚れる女を、あたしは誰であろうと面白くないのか。
前からそのあたりは認めたくなくても気がつけば気づいていた。もがいてもがいて。もがいたところでどうにもならないことを悟って、結局変わらない日々を演じた。演じて馴染んだ、と思う。
――あたしは、どこかであたしに対する彼の扱いを、『あたし』だけのものと思いたかった。思いたくなっていた。
うぬぼれ、と言うなかれ。3年以上もずっといっしょにいたのだ。それが例えどんな感情だったとしてもやはり他と違うものだと思いたい。
どんな、感情でも。あたしが密かに望むかたちとは別としても。
けどこれでは。『子ども』ならば、いっしょに旅をしていたとか、相棒だとか関係なしの全部同じ扱いだ、とはっきしと言われているみたいでイヤだ。
確かに彼からしたらあたしは『子ども』でしか見えないのかもしれない。あんな小さな子にすら余裕が持てない。幼い。
彼女と同じような立場だとこの数日で思い始めてる。それにまたもがいてる。自分の幼さにも腹を立ててる。
―――それは表には不機嫌と言う形にしか出せなくて。
あたしはじっとまだにらみつけたまま彼の顔を見あげる。
その『ままごと』に、あたしは入ってるのだろうか、とふと思う。
どんな役柄にあてられてるのか。やはりあの子と同列で、あの子よりちょっと大きな娘ってところなのか。
その、父親役に彼は満足しているのだろうか。いや、愚問か。してるのだろう。だからこそそう思ったんだろうし。楽しそうなんだろうし。懐がどこまでも広いから。
―――なんでこの男かな。
「……どうした?」
あたしの頭から手を離して。ガウリイは問う。
「…あんまし、子ども甘やかすと痛い目見るわよ」
「え?」
甘やかさないで、とあたしらしくもないことばが出てきそうだったのを飲み込んで、その代わりにそうあたしは思わず口にしていた。
その言葉にきょとんとする自称保護者。あたしを見て、言葉の意味を探るような表情をする。
内心慌てて、あたしは続きを紡ぐ。
真意まで探られてたまるか。
「そんなんで。甘やかしに慣れさせて。数日後目的地着いたときあの子に、その『ままごと』続けてって泣かれでもしたらどーする気よ」
ああ、なるほどと言ったようにガウリイが声をもらした。
彼女が持つ感情がガウリイが想像するものでも、あたしの想像するものでもありえない話ではないし実際そうなると思う。このままでは。
そんな上手い言葉で繋げられてあたしが内心自賛する中ガウリイはさらり、と答えた。
「それは。ちゃんと、リナがいるからって、断るぞ?」
…へ。
多分あたしがその言葉に妙に反応したのが面白かったのかガウリイは何故か苦笑する。妙に、余裕のある笑みで。
いや、わかってる。単に今まで旅を続けてるんだから、変わらず相棒としてあたしと旅をするからって言う意味なんだろうと。
もしくは、自称保護者歴の長いあたしの方を選ぶ、という意味なんだろうと。わかってるのだ。
でも。今の響きが。なんてゆーのか。シシィの感情をあたしが思うものと同じとして前提にしているような含みを持っていて。その上でみたいな。
……考えすぎ?
今度はあたしのがその言葉の意味を探るようにまじまじと彼を見た。
ガウリイはそんなの気にせずただただ、再びあたしの頭を撫でだす。昼間シシィを撫でていてあたしにいかなかった分、と言ったように。
「娘が出来たみたいで確かに新鮮な感じだけどなー」
でも期間限定だし、だからこその『ままごと』なんだし、とガウリイはこぼした。
いや。いくつだあんた。それなんか老けた発言すぎ。
そう言おうと思ったのだけどそれより前に、やっぱしその言葉に反応してしまって、その事を隠すのに精一杯であたしはどうとも言うことも動くこともできず彼の手の心地よさだけを感じてた。
期間限定で、娘が新鮮。
じゃあ、あたしは彼にとって何の役なのか。
娘ではないのなら?妹?それとも。
――それを訊けるような余裕をあたしが持てるのはずっと先の事になるのだけれど。
でも、次の日からなんとなくシシィにささくれ立つ感情はあまり湧かなくて、目的地まで結構『ままごと』を客観的に見られて。
自分の感情と彼の感情をかたちとして明確に見えてくるまで、見せられるようになるまで、ある意味それはそれで別の、自称保護者と被保護者の『ままごと』をお互い続けた。