10 of us die from converting -変換してから10のお題-
10.まく(負く)
「あたし、ガウリイが好きだから」
さらり、とあたしと同じ顔の彼女に言ってのけられ、あたしは息をするのも忘れるほどに絶句した。
サイラーグ・シティのとある一軒の宿屋。
数日前。あたしは魔族に捕らえられてしまったのをガウリイ達に助けられた。
その時いたメンバーの中で会ったことがないけれど知っている顔があった。
つまり、あたしと同じ顔。姿。声である彼女。
…あたしのコピー・ホムンクルスであることを周りがすぐ説明してくれた。
魔族に造られたコピーであると言う記憶を失い、当初自分がオリジナルのリナ=インバースだと思ってみんなと行動していたことも本人の口から。
明日にはみんな思い思いの道を歩く。
あたしとガウリイはいつものなんでもない旅。アメリアは郷里のセイルーン。ゼルは引き続き自分の体を元に戻す旅。
残った彼女が全員と違う道を行く、とあたしが聞いたのは先程のことだった。
「あたしとしては一緒に旅してみたかったんだけどな」
彼女に廊下で会い、部屋に戻る前になんてことない思い付きであたしはそうこぼした。
あたしがさらわれていた期間、あたしは眠らされていたから知らなかったものの一年あまり経過していたのだ。その間何があったのかあたしは知らない。
だから旅すがら自らをあたしだと思ってた彼女といればわかるような気がしたのだ。ガウリイが教えてくれる頭の持ち主でないことは知ってるし。
が。彼女は苦笑いしてそれはできないわよ、と言う。そしてその言葉を続けたのだ。
ガウリイが好き。
…それは、つまり。仲間としてのものではなくて。
「リナまでそんな顔しないでよ」
あくまで軽く。笑って彼女が言う。
どんな表情をしているのか。どう見えるのか。今のあたし。
「心配いらないから。だから一人で旅するのよ」
言う彼女の目に迷いはない。
「あたしがリナになれるわけないんだから」
自嘲でも諦めでもなんでもなく。むしろ前向きのように。
ふっきれた感覚。
本当のあたしだと自分を思ってた。
それを聞いた時点で想像はすぐできたはずだった。
いない間。彼女と行動してた時のガウリイを。
多分本物のあたしと同様に彼女を扱った。
彼が向けてくれるあたしだけへの態度。それは誰でもなく一番あたしが知っている。その時のあたしの感情も。だからあの扱いに彼女も――。
なんとも言えない苦い思いがつきまとう。
なんと言えばいいのか。どうすればいい?
頭の中で必死に考える中、言葉を紡いだのは、やはり彼女の方。
「二人とも元気でね。まわりやきもきさせてないで、いいかげんちゃんとしたら?」
どうして、そんなに無理なく言えるのか。
顔を赤らめることもできず、あたしはただ曖昧に笑んで返事した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「リナ、明日の予定だけど」
ぱし。
宿屋の一室にて。
あたしの肩に置かれたガウリイの手を、あたしは思わずはねのける。
みんなと。彼女と別れて数日。
結局あれ以降何も言えず、そして彼女も何も言わずに過ごした。
あたしとガウリイの二人旅。
さらわれる前と変わらない。大きくは。でも。
「…なんだよ?」
はらいのけられたことに驚きの表情を見せる彼。あたしはじと目できつく彼に言う。
「あんた、ここ数日べたべたあたしに触りすぎ」
前から髪をなでてくるとか。肩に手を置かれるとか。よくはあったことなのだ。
だけれど、再会してからの彼はあからさまにあたしに触る。自分のそばに引き寄せる。タチが悪いのは。
「そうか?」
本人に自覚と言うか悪気があんましない。
首をかしげて彼は言葉を続ける。
「でも、今まではねのけたりまではしなかったじゃないか」
「だから限度があるって言ってんの。あんまし多いとうっとおしいのよ、保護者さん」
つっぱねて言うあたしに更に不思議そうな顔をするガウリイ。
そして、はねのけたばかりの手を再びあたしの肩にやる。
「…なんでそんなに嫌がるんだ?」
彼はいつもと違い珍しく引き下がらない。真面目な顔。
「だからっ…」
「何か、あったのか?それとも――」
オレが嫌になったのか?とつぶやく。その瞳にはどこか熱っぽいものがこめられてて。
――彼の保護者としての域がその範囲を越えている。
発言も。態度も。そんなのもぉかなり前から。正直それはすごく嬉しい。でも。
「――違う」
あたしは硬い表情でそうとだけしか答えられない。
お互いの事にちゃんとあたしは踏み込めない。
何も言えない。
ただ怖いから。今の心地よい状態が壊れることが。このまま気がついたら変わっていた、ならばいいのにあからさまに変えることができない。
踏み込もうとしてくれるのはガウリイの方。今みたいにあからさまに踏み込んできたのは初めてだけど。
けれど今彼を拒んでるのはそれだけでなく別の理由。
――自分でも不条理だと思う嫉妬から。
彼女にも同じように触れてたの?
優しい瞳で見て。穏やかな言葉をこうやってかけたの?
あたしなのにあたしでなかった彼女に、自分に、そうやって痛い思いを抱いてる事に気付く。不条理だし理不尽。
あたしは、何も言えないのに。彼に言ってないのにこんな感情抱く権利がどこにあるんだろうか。
それを認めたくないから、拒むしかできないのだ。今は。
『リナまでそんな顔しないでよ』
あの台詞。彼女はガウリイ本人にも言ったのだろうか。自分の感情。
だとしたら答えは?
「違うから。だから、とにかく」
「リナ」
放って置いて、とあふれそうな感情の中一生懸命言葉を紡ごうとしたけれどその前に彼にまっすぐに見つめられ、名前をなだめるように呼ばれて。言葉は途切れる。
彼のもう一つの手があたしの頬に触れた。
「オレは。リナの傍にいたいから、お前さんに触れたい」
「――」
拒絶しようとするあたしをなだめるように、言葉を紡ぐ。
けしてイヤらしい言い方でなくそれは至極真面目なまま。
「おまえさんがいなかった間の分も、ずっと。リナともう離れたくない」
そう思ったら駄目なのか?と間近で。今までと違い、曖昧さを失いごまかさず言われてあたしは感情が高ぶる。
あたしは彼女の様には言葉にできない。認められない。
自分の感情を、自分が思っていた以上に割り切れない。
彼女にあの素直さであたしは負けてる。まっすぐな。
姿は同じ。彼と過ごした長さは違うけれど、逆に言うとそれ以外、そこの部分以外ほぼ似ている。あたしだと思い込んでいただけあって。
それなのに。はっきり答えを出す彼女でなく。
「…あたし、は」
あたしだって、同じだと思いたいけれど、だけど、と色々な感情と戦った末、彼の真面目な言葉に答えるべくしばしの無言の後それだけ小さく呟く。
と、彼はほっとしたように肩に回した手をあたしの後ろに回し、あたしを引き寄せた。
顔は見れなくて、見たくなくてそらす。
けれど拒んで硬くした体を少しだけやわらげる。
彼はあたしを選んでくれる。選んだことを伝えてくる。
積み重ねた今までからはその行為は今更で、当たり前の事かもしれない事だけどそれはとても大切なこと。
その今更に今まで以上に彼が踏み込んできたのは彼女からの告白のせいなのか。離れててその大切さに気づいたからか。多分前者が強い。
その証拠に、あたしに踏み込んできても最低限の答えしか求めない。態度に不審を抱かず、訊きはしない。あたしの戸惑いの意味がわかったから、と言った様子。何も考えなくていい、と言う。
その優しさは彼の長所であり短所であり。
ぎゅっと抱きしめられて生まれるのは隠せない愛しさとやはり残るもやもやした黒い感情。
自己嫌悪。
負けているのに彼がここにいることで、語る言葉であたしは救われてて。
それに喜びと同じだけの場違いな優越感。
相変わらず残る見えない未来への恐怖。
自分自身に腹を立てる。
……彼女のあの言葉は、あたしがすんなり勝つためには聞いてはいけなかった。
彼が初めて愛の言葉をあたしの耳元で囁く。
けれど、あたしはあえてその声を今は聞かなかったことにした。