20 Topic for Slayers secondary creations 
-スレイヤーズ2次創作のための20のお題-

03.魔道書

 

あたしが掴んだ予想外に重い荷物の袋から何冊かの本がこぼれ落ちた。

 

「あ、ごめん」

旅をしていたこともあり、持ち物は軽いはずだと勝手に思ってた。昔から彼が持ち歩いていた袋だったからなおのこと。

「思ったより重くてびっくりした」

床に転がった本を拾うあたし。とても古くてタイトルも表紙に書かれた跡はあるのに全くわからない。

「ああ、さっき詰め込んだんだお前がいない間に」

別の荷物を運ぶ彼――――ゼルがその荷物を運ぶ手足を止めないままあたしに言う。

「あちこちにばらばらに入れておくとわからなくなりそうだったからな。一時的にまとめた」

なるほど。

「じゃあこの町で手に入れたの?」

 

あたし達は今いる場所――――今いる家に、ほど近い小さな町で先ほど買い出しをしていた。それを運び込んでいるところ。

大きな荷物はゼルに任せて、小さなものをちまちまあたしが運んでた。

 

あたしの問いに、いや、と応えて彼は自分の荷物を置くと

あたしが運び損ねた袋に手をのばす。

「昔扱いに困って山奥に埋めておいたやつを、ここにくるまでに掘り起こして持ってきた」

言葉の意味がわからなくて、眉をひそめるあたし。

するとあたしの手に持っている本を、開けて見ろと手で示すからあたしはそれを一冊開く。

見たことのない文字がぎっしり書かれていた。読めない。

こうして表紙をよく見てみると、表紙の読めないタイトルは単純に古いからかすれて読みとれないというわけではなくて、あたしの知らない字だからとわかる。

「読めないだろ」

言われて、悔しくて、読めるもんと強がろうかとも思ったけど読めないものは読めない。

頷くと、彼は袋からこぼれなかった本を中からとりだしてぱらぱらっとめくって見せた。そして予想外の言葉が紡がれる。

「おれも読めないからな」

 

それはその昔、とある研究所で見つけたのだと言う。

貴重なものであろうことはきちんと本にしているところから見て取れる。けれど読めない。

暗号なのか。自分の知らない失われた文字なのか。それとも。

読めない魔道書ほど意味のないものはないけれど、なんでもいいから手がかりが必要な彼にはそれを見つけてしまった以上、その場にそのままに置き去りにすることもできなかった。

とりあえずは文字の形を頭に入れておいて、もし心当たりの言語に思い当たったら掘り出して調べよう――――そう思い、自分にとって交通の利便性によい地に、いつでも掘り出せるよう隠した。

 

「持ち歩くことも考えたが、何せ一冊じゃないからな」

旅をしている最中いつのまに掘り出したのかあたしは知らない。ということは本当にわざわざ山奥に行かなくてもすむような、きっと周りの人間には盲点なところに隠したのだろう。

 

「で、どうするの?これ」

読めないものをわざわざ出してきたということは読める手がかりを得たのだろうか。

けれど今の彼には読む必要もないはず。

―――――調べるべきものがないのだから。

 

「これからの、一つの目標だな」

「目標?」

「お前が言ったんだろう。また新しい目標を作ればいいと」

 

一つの目標が終わったとき。

成し遂げたとき。彼はもちろん喜びに震えた。

でもそれはすぐに戸惑いに変わった、というと驚かれるかもしれない。

けれどずっとずっと求めてきたものが叶った時というのは意外とそういうものだった。一緒にいて彼の手助けをしてきたあたしですらこれからどうしたらいいんだろうという感情は口にせずとも少しあった。

すべきことを無くして燃え尽きる。先が見えなくなる。

あたしは考えたあげく思いつきにも近い一つの提案をした。

 

「とりあえずさ、今までできなかったことしてみない?」

 

やったことないことして新しい目標を作ればいい。

その一つが、今。この家。

あたし達はこれからしばらくこの場所に二人で住む。

 

 

「できなかったことってなんだ」

ゼルに聞き返され、あたしが思いついたのがこれだった。

「…あたし、そういえば一つの場所に住むってことしたことない」

 

『家』というものがなかったから。

旅以外の世界をそういえば知らない。

 

彼はめっちゃくちゃ見てておかしいくらい考え込んで、いいのか、とかあたしに何度も確認しながらその提案を飲んだ。

 

あたしにとっての初めての家にこれから住むための準備。

わくわくする。しかも彼と一緒。

 

「もちろんお前と一緒に住むということはでかいことだがそれで目標ができたかというと足りないだろ」

確かに。これはただの始まり。きっかけ。

「更に何をすべきか、と思ったときにこれを思い出した。別に焦らない。内容そのものはどうでもいい。ただ読めることを目標に知識を高めていくのを一つだなと思った」

 

なるほどな、と思ってあたしは笑んだ。そこで結局勉強に走っちゃうのは魔道士の性かもしれない。

けれどゆったりのんびり図書館とか充実していそうなこの土地でそういう暮らしをするのはきっと楽しいと思う。旅であちこち移動して知る世界とはきっとまた異なる新しい発見がありそうな予感。

 

「あたしも調べるわ。その魔道書のこと。世界のこと。いろんなことたくさん」

 

あたしが言うとゼルが笑った。

端正な彼の人間としての顔が笑むと本当綺麗。

これを見るために今まできた。そしてこれからも。

 

「…願うはこの本が実は悪筆で読めないだけというオチでないことを祈るばかりだ」

ゼルが苦い顔になりつつ言う。

思わず笑った。それは思いもしなかった。

「…それを読めるようになったらそれはそれですごいんじゃない?」

 

無駄なことなんてきっと何もないだろうから。

なかったから。

 

古い魔道書の山を、希望をこめて二人の部屋に置いた。