Long Story(SFC)-長い話-

揺籃の森のむこうへ -キセキ・キセキ(番外編)-



「どうして、リナを手離してしまったんですか?」

 

アメリアに、簡単に先日までのことを説明すると、もっと驚くかとなんとなく思ったのだが、とても冷静に彼女はそう問いてきた。

セイルーンの王宮。

なんだか知らないが偉くなったらしい彼女に会うには毎回取り次ぎに手間がかかって妙に緊張する。かつては一緒に旅をした仲間であり、その感覚は未だに抜けてないのに。

立派なところに通され、会って茶を出され、飲みながら―――リナの話をした。

15年ぶりに会うことができた彼女。アメリアもその事実に先日喜んでくれてた。

――――けれど。彼女は元の場所に帰ってしまったのだと伝えなければならなかったから。

 

「離したくない、って。思わなかった訳ではないでしょう?」

「当たり前だろ」

潔くそれは認めた。苦笑しながら。

「…離さないつもりだったんだ」

あの言葉を聴くまでは。

 

15年前の姿をしたリナ。

15年前、姿を消した時そのままの彼女に会ったとき、帰ってきたのだと信じて疑わなかった。

想いを伝え、もう二度と離さないことを誓うつもりだった。

彼女は応えてくれた。応えようとしてくれたのだ。嬉しかった。

けれどどこかで何かを隠そうとしてるのにもすぐ気がついた。

 

そんな中、自分たちがいる森に、異世界に飛ぶ力があるらしいということを知った。

リナはその力でこの世界にきたのだとわかった。

同時に――――彼女はその力を調べて、再度元の世界に帰る術を探していることになんとなく気づいた。

 

「できるかぎり、リナに、ここにこれからもいるよって想ってほしくて頑張った」

彼女に、余裕もなく想いをいろんな形で伝えた。彼女はそれを幸せそうな表情で受け入れていた。

―――――それでも―――――どこかに苦しそうな気配があって。

オレは必死に戦った。多分、戦う相手は過去の自分。

何もしない。何も知らない。リナを失う苦しみを知らないで、リナが隣にいるのが当たり前の若い自分。

リナはそんな自分を恋しがっているのかもしれない。そう想うと悔しかったから。

随分肉体的に歳をとってしまったと我ながら想う。リナもそれを気にしているようだった。

彼女の求めてるのが若い自分ならば、若さで勝てない分他でなんとか張り合いたい。

もう二度とリナを失いたくなかったのだ。

 

「…リナが、それでも昔のオレのところに帰りたいって言ったら、多分力ずくで止めてたと想う」

 

――――あの時。

リナが、一緒になりたいと誘ってきたとき。

彼女の中に迷いがあることはわかってた。けれど、ならば。

これで彼女の想いをこちらにもっていけばいい。彼女の誘いに乗じればいい。それを利用すればいい。

その後突然泣き出した彼女を見て、彼女の悩みを指摘しても、それでもこちらはそのつもりでいた。

優しくなだめ、元の世界に帰りたくとも、同情でもいいから自分を選んでくれと――――そう言って説得し、どうしてもダメなようであれば、力ずくで、リナを元の世界に戻れない体にそのまましてしまおうという企みが頭の中に全くなかったわけではない。

それだけ必死だったのだ。

 

けれど。彼女は全く違う言葉を告げたのだ。

 

「……戻りたくない。戻れなきゃいい。そう思うくらい――――今ここにいるあんたに、前のあんたよりずっと、惚れてるからに、決まってるじゃない…」

 

衝撃が襲った。

勘違いをしていたのだ。自分は。

彼女は今の自分に惚れてくれていた。

 

「十何年待たせた罪悪感とか、同情であたしがあんたと一緒にいると思ってるの?あんたとキスしたり、それ以上を許そうとしたと思ってるの?一緒になりたいって言ったと思うの?」

 

言われてみたらそうなのだ。

15年前。オレ達の間には色めいたものはなにもなくて。

あの頃あったのなら、それはおかしくないかもしれない。けれど彼女は今の自分に初めて、こういうことを許したのだ。許そうとした。

そして、それをうれしそうに何度も受け入れてくれていた。

 

――――にも関わらずこの状況を苦しんでいるのは―――――

リナも戦っているからだ。自分自身と。

多分彼女の中で答えは出ている。けれど。

あえてそれを否定しようとしている。

リナはこうと決めたことであれば迷わずそれに向かう。どんな結果でも後悔せず前を向いていく。そういう彼女に惹かれた。

そんな彼女がおそらくそれをあえて破ってるのだ。

―――――今のオレに惚れたが為に、自分らしさを捨てようとしてまで。苦しみながら。

リナが自分で自分を壊すことを選ぼうとしている―――――

 

「―――――リナが、自分よりもオレを選ぶって言うのに喜んで応えたら、ダメだと想った」

 

自称保護者としての自分を思い出したのもある。

それまで自分のエゴを必死に押しつけようと想ってたのが一瞬で消えた。

自分はどうしてリナにここまで惚れているのか―――――彼女にどういう姿であってほしいのか。

すぐにそれを代わりに考えた。そうしたら、それしか答えはなかったのだ。

リナに、昔の世界に帰る、と無理矢理言わせた。

無理矢理言わせて――――強い意志を見せる、いつもの彼女を久しぶりに見つけた。

それでいい、それでこそオレの好きなリナだ、と想ってしまったのだから仕方ない。

 

「けれど、だからって、元の世界に戻ったリナの代わりに、歳をとったリナがこの世界のどこかに必ず出てきたとは限らないですよ」

「知ってる」

ため息混じりに言うアメリアに即答する。

 

リナが元の世界に戻るのならば何故未だに姿を現さないのか。

そもそもリナが元の世界に戻るのならばオレのこの15年はあり得ないはずではないのか。

いくら考えるのが得意でなくともそれくらいはわかった。

繋がらない。過去と未来が。ならば―――――

この世界にリナが戻ってくる確率は、あのリナが元に戻ったことと関係ないということになる。

 

「けれども、これで絶対ないってことはないだろ」

 

繋がらないとしても、どこかで彼女が自分の元に戻った世界があるのだ。もちろん確認はできてないが、戻ったと信じてる。

ならば。繋げよう。繋がることを信じよう。

信じて、投げずにきちんと生きていれば必ず会える。実際会えたのだ。だからもう一度。彼女に。

できるならば今度こそ離れることのない形で。

自分でも不思議な位よくわからない自信があった。

 

「信じてるから、オレ」

笑むと、アメリアはそれに曖昧な笑みで返した。

どう返していいのかわからなかったのだろう。

「…できる限りはお手伝いさせていただきますけど。でも今のところリナに繋がりそうな情報はないですね」

「…そっか」

それを訊きにやってきたのが本来の目的だったのだが。前にもリナを探しているとき協力してもらっていた。

「…でも、絶対繋がらないと言い切れない情報ならいくつかありますよ」

「…」

苦笑したアメリアは、確かにリナとは関係ないであろうがあちこちの町や村の最近の状況を教えてくれた。

「…一回会えたんですから。わたしも、信じたいです」

どんな小さい可能性でも、どこかでリナに繋がっていく。

それを信じるならば、その小さい可能性を手当たり次第つかんでいこう。

「…ああ」

忘れないように一生懸命書き留めた。

 

 

そして――――オレは旅を続けた。

以前リナを探したときほど追いつめられてはいなかった。それなりの余裕を持って行動する。

 

「…リナに怒られるからなあ」

あの住んでたそばの町のおばちゃんから訊いたのか、探してたとき結構無茶したことはばれていて、一度怒られた。

 

「おばちゃんがちゃんと生活しろって言ってくれたらしいからいいものの。あんたあたしに会う前に力つきて死ぬつもりだったの?」

どんな時でもちゃんと食べてちゃんと眠る、と彼女にも言われた。ちゃんと守る。

 

「…この魚、リナが確か揚げてたな」

旅すがら魚をつり上げて荷物に入ってた紙を見る。

多少料理を教えてもらった。彼女が残してったもの。あとで気づいた。

「…どっかの宿屋で厨房借りられるかな」

料理がシュミになったわけではないが、やれば『リナ』に触れられる。

リナが喜んでくれたのを思い出して、あの時の味を探したりした。

常に彼女がそばにいる気がして、よくわからない自信をそれが更に支えた。

 

 

「次の場所は―――――…この山を越えたところか」

旅をしだしてから半年くらい経った。

アメリアの情報からすると最近事業に成功した商人がいるという。彼女のくれた情報のいくつかには行ったから次はとりあえずそこに行こうと思う。

もちろんその商人の特徴は彼女のものとは違う。ただ、それなりに話題になる人間のいる場所というのは、いろんなことが起こりやすくリナが首を突っ込みやすい。

 

どぉぉぉん!!!!!!

 

行く先で突然爆音がした。

驚きながらも―――――駆けだした。

心が震えた。予感がした。

 

そして―――――後ろを向いた人間を目の前にして足を止める。

背の小さな、魔道士姿。女性。

―――――――――。

 

「……ったく。もー、いい加減にそろそろ邪魔入らないでほしいんだけどこっちは人捜してるんだからっ」

知っている声。知りすぎてる声。

黙って再び歩みを彼女の方に進めた。

黙って、というより言葉にならなかった。

 

まだ彼女は振り向かない。顔はほとんど見えない。

けれど自分が知っている彼女よりはそれでも大人びて見えた。なんだろうか、その佇まいだろうか。

少し背や髪も伸びているような気もする。

盗賊か何かだろう倒したそれからため息つきながらも金品を物色しているのは変わってなくて笑った。けれどその物色の仕方すらどこか大人しいというか荒々しさを昔よりむやみには感じない。

 

信じてれば、必ず会える。

やはり、正しかった。正しく進んでくれた。

 

 

「リナ」

その変わらない変わった姿にやっと声が出た。

彼女の名前。ぴくり、とその声に彼女は反応する。

ゆっくりと―――――向こうも震えたようにこちらを向いた。

 

 

『やっと、出会えた…!』

 

お互いの姿を見つめた二人の、思わず出た言葉が重なった。笑う。

そして駆け寄って有無を言わずに抱きしめ合って―――――祈り続けた奇跡の軌跡にオレ達は―――たどり着いた。