Short Story(not SFC)-短い話-

風の祈り



その場所が近づいて。風を感じたとき追懐の想いに捕われた。

あまり過去の事を思い出して浸る趣味はあたしにはないけれども、かといってそれを忘れたい、と思ったこともない。

忘れるべきではないと思うし、忘れられるはずもない。

 

 

セレンティアに寄ろう、と言い出したのは他でもなくこのあたしだった。

 

前々から考えていたわけでもなんでもなく、ただ単に気がついたら傍の町まで来ていた。

ああそう言えば、ここから近いな、と。

それと同時に、あれからもう二年は経つ、と気がついて。

……別に、『寄ろう』以外の言葉は口にはしていないのにその言葉に、穏やかな表情で旅の連れのガウリイはうなづいてくれた。

 

 

花を買って丘へと向かう。

通り過ぎた街中はあたしたちが前訪れた時よりもやはり穏やかな空気に包まれていた。

空がとにかく驚くほど青く高くて。

―――それは前と変わらなかった気がする。

 

さあっ……

 

風が渡って、あたしは少しだけ足を止める。

 

「リナ」

 

ガウリイが2・3歩あたしの前を歩いた後その様子に気づいて振り向いて名前を、呼ぶ。

少し心配した表情。

 

「大丈夫」

 

微かに笑って見せて、再び歩き出した。

 

 

――――セレンティア共同墓地。

その一角にあった墓は前見たときと変わらぬ姿を見せていた。

もちろん2年間そのままで放って置いたというわけではないからだろう。その証拠に新しめの花が手向けられている。

 

「……ケレスさん、か…?」

その花を見てガウリイが言う。

「たぶん、ね」

あたしはしゃがんでその花の横に、持ってきた花を手向けた。

「……久しぶり」

彼女に向かって、話しかける。

 

この2年間いろいろあたしにはあった気がする。

けれどそのどれも彼女に語ろうとしても言葉が出てこなかった。

ただ言葉が出てこない分だけ墓標を見つめて。

 

ふと、沈黙を破るように子供の泣き声が離れたところからした。

その場で目を向けてみればここからは大分離れた別の墓標に花を手向ける赤ん坊を片手に抱きかかえた母親らしい女性。

あちらも、墓参りらしい。

 

「もしかしたら、もう生まれてるのかもな」

ガウリイもその親子―――というより子供の方を遠目に見て。

ぽつり、と言いあたしは、え、と彼の顔を見た。

「ほら。また生まれ変わってるかもしれないなあって。ルークもミリーナも。

別におかしくないだろ?」

―――あ―――。

そんなこと、考えもしなかった。

 

 

「……ちょっと早過ぎない?」

「そぉか?」

「そーよ。それに……」

 

その先は。

可能性を、言うことで潰してしまう気がしてあたしは口を閉ざした。

 

 

ルークの中に眠る魔王の魂。

その魔王を倒したあたし達。

魂を滅ぼしたのに――――ミリーナはさておき、彼は『生まれ変わる』なんてことができるんだろうか。

もちろん魔王としての魂だけをあたしたちは滅ぼして、別の『ルーク』という部分の魂は残っていて生まれ変わる、という可能性はある。

あるけれど――――それはあくまで『可能性』でしかなくて。

もちろん、本当のことはあたし達にはわからないけれど。

 

 

「でも、会えるといいな。また」

上を見れば、立ったままのガウリイは優しくあたしを見てそう語った。

しゃがむあたしに合わせて少しかがんで、頭をくしゃり、と撫でる。

―――――気を使ってくれたのかもしれない。

もう会えない人に会えるかもしれない、という希望があることを気づかせてくれて。

彼の目にはあたしはまだ、ここに来たことで再び落ち込んでると見えたのかもしれない。

 

「そうね。会えたら、いいわね」

あたしは少しだけ笑んで立ちあがる。

風がやはり穏やかに渡って。

 

 

「なあ、リナ」

「何?」

墓標を見つめたまま彼の顔は見ずにあたしは答えた。

「オレは、死なないから」

 

 

風の音に紛れてしまいそうなくらい、呟くように、けれどもはっきりとガウリイがそう言った。

少し驚いたもののあたしは口を開いた。

「知ってるわよ」

ちらり、と彼を見ながら。なるべく軽い調子で。

「あんた、死んだってその事に気づかないでしょう?」

 

そのあたしの言葉が精一杯の強がりだと彼は気づいてるんだろうか。

その言葉がどれだけ嬉しかったのにそうとはあたしには言えないと気づいてるんだろうか。

ガウリイは言葉を続ける。

 

「そして、おまえさんも死なない」

「……それも知ってる」

 

苦笑してあたしはもう一度墓標のほうを見る。

自称保護者が傍にいるから。

護ってくれる人が傍にいるから。

 

あたし達は―――生きていける。

そしてそのうちに、ガウリイの言うようにまた会えたなら。

 

ガウリイがふわり、と後ろから優しくあたしの肩を抱く。

あたしは目を閉じて体重を預けながら風の音を聴いた。