Continuous cropping series story-連作・シリーズもの-

片恋終結



 

――――『片思い』でいれば、いつかそれは解決するような気がしていた。

勝手な感情。一方通行。自由な気持ち。

踏み込まない。報われない。だから、いつか、きっと別の形に変化していく。

苦しまずに一緒にいられるような停滞した―――もとい、昇華され守られた関係に。

そう、どこかで願ってた。けれど。

現実はそんなに甘くはなかった。

 

 

「そんなわけで。今日一部屋だから」

頑張って冷静をつとめたのだけどガウリイにそう言うあたしの声はどうしても上擦ってしまっていた。

 

――――セレンティアを発ってしばらく経つ。

セレンティアでは――――結構きついことが起きた。

ミリーナの最期。そして――――それによるルークの暴走。

彼があたしに言った言葉はあたしにとってかなり考えさせられた。

 

あんたたちならどうなんだ―――?

もしも自分の連れがどこかの馬鹿にぶち殺されたら―――

 

答えられるはずなかった。

だってそれは――――一番あたしが危惧してたことだったから。

危惧したから、怖いから――――ガウリイとの関係を『片思い』で片づけたのだから。

けれど、言われて再び考えた。

今のあたし達の現状。『片思い』で片づけることにし、ガウリイもあたしに『片思い』を望み、歩んできた日々。

今の気持ち。

再び考えて――――あたしは一つの道を選んでみることを決断した。

 

「『片思い』するのやめよっか」

あえて軽い口調で言うあたし。ガウリイはあたしの言葉に驚いた顔をした。

それに笑ってみせる。

「ほら、だってさ、お互いがお互いにって不毛じゃない。だったらもう腹据えて、コイビトになるしかないかなって……ルークたちのことで、思ったから」

ふいっと思わず顔をちょっとだけあさっての方向に向ける。

照れだと思ってくれるといいな、と思った。それに言葉に嘘はない。

ガウリイはどう思うのか、喜ぶのか―――とも思ったのだけど突然あたしが言い出したことにただ驚いている、といったそぶりだった。

 

―――そして冒頭に話は戻る。

あたしが片思い終結宣言をした数日後である。

宣言した以上ガウリイが調子に乗ってそれっぽいことを望んでくるかなーと思ったのだがこの数日全然変わらなくて。こいつあたしが言ったこと聞いてたのかという感じで。

仕方なくあたしは――――切り出した。

関係を変えるための―――コイビトになるための言葉を。

 

……もちろん何を言ってるのかわかってる。

そう言った以上何が待ってるのかも。

恥ずかしくないわけがない。いやもぉいっそのこと今恥ずかしすぎて死なせて頼むから位こっちは思い切った。

でも決めたことだし。今後のことを考えたら何をどぉやったってそこは避けられないだろうし。彼が男である以上。

だったら、あたしの決意が揺るがないうちにそこを突破しといた方がいい。

 

あたしの言葉に再び面食らう彼を無視してあたしは今夜の宿の扉を開いた。

 

泊まる部屋は意外と広かった。

一つ部屋、と言ってももちろんそういう用途用に作ったものではないからだろう。ちゃんとベッドは大きいのが二つあるし、

いろいろ配慮されたつくり。結構豪華な角部屋。

 

「豪華だなー、よかったのか?ここで」

驚いたようにガウリイ。確かに、二部屋普通にとって、あたしが彼の部屋を訪ねる―――とか他にも方法はあったのだが多分そっちのがあたしの決心が直前で揺るぎそうで行くのにたじろぎそうだから避けたかったのだ。

何より。彼に意識してもらわないと困る。

「いいんじゃない?たまには」

彼の方は見ずにあたしはやはり軽い口調を心がけて言った。

 

夕飯を食べた後それぞれ風呂に入る。

結構いい風呂がある宿を選んでよかった。ほら、乙女心的にはいろいろと。

―――温まりながらガウリイの様子に思いをはせる。

全然動揺してなかった。まさかこんだけあたしが頑張ってるのに意味が分かってなかったらどうしよう。

……考えるのやめよう。のぼせる。

ぴしゃぴしゃと冷水で顔を洗って出た。

 

先にガウリイが部屋に戻っていた。や、まあなんとなく予想してたから部屋の鍵は彼に渡してたから正解なんだけど。

「おかえり」

言って彼は頬をかきながら座っていた部屋に備え付けの椅子から席を立つ。

「…で、ベッドだけど。お前さんどっち使うんだ?訊いてなかったから使ってないんだが」

二つのベッドを指さす。

「……」

一瞬めまいがした。ここまでしておまい。

なんだかムカついてきてあたしは言った。

「……あんたさあ。この状況に何も思わないわけ?」

言うときょとんとして彼は言う。

「何も…って?」

うあ本気でわかってねえ。

「…いやだから。先日あたし言ったわよね。コイビト関係になろうって」

「……ああ」

「だったら。この状況であたしをどうにかしようと思わないのかって訊いてるの」

「あー……」

困ったように声を出して、しばし後にガウリイが言う。何故かためいき混じりで。

 

「やっぱし、お前さん誘ってたのか」

「やっぱしとか言うなああああっ!」

てかわかってたんじゃないかおまい。

「そー言われてもなあ」

苦笑するガウリイ。その顔はなんでか泣きそうだった。

 

「……あんたあたしに惚れてるんじゃなかったの」

「惚れてるよ」

即答。それに思わず負けそうになる。

―――なんでそんなに簡単に迷わずそういうことこういう時真顔で言ってしまうのか。

「でも、今のお前さんに手出したくない」

「なんでよ」

『片思い』の間ずっと辛そうな顔してたくせに。

あれはそういうことしたいって男の目じゃなかったのか。

 

ガウリイがため息混じりに答える。

「お前さんあの時と同じ顔してるから」

「……あの時?」

眉をひそめるあたしに構わず彼は言葉を続ける。

「オレに好きだって告白したときと同じ。そう言うことでそうすることでオレを突き放そうとしてる」

「……!」

 

――――ー考えた。あれから。

『片思い』が昇華できたなら。別の気持ちになったなら。苦しまなくてすむ。あんな風に――――きっとならなくて済む。

でも全然そうなってくれなくて、どんどん気持ちは募っていって。育ってる。

何故か。それは――――――想いが叶わないままだからではないのだろうか。

不完全燃焼状態。逆に言えば――――

想いが一回叶ってしまえば――――昇華できるのではないだろうか。

あたしも。ガウリイも。

 

「オレが手出したら、それでみんな終わらせようと思ってるだろう、お前さん」

だったら、と強い瞳で言う。

「リナに触れなくていい。コイビトになってお前さんを失うなら、オレは『片思い』のままでいい」

震える手で。

あたしを抱きしめようとしたのだろうか。でもそれを避けて彼はあたしの肩に手を置く。

「…簡単に手出せるわけないだろ。…お前さんに言われてはっきりこっちだって自覚して、ずっとずっとどれだけ大事にしたいと―――するつもりだと想ってるんだ」

絞り出した声。それは――――彼の本音で覚悟が決まっているとわかる強い声だった。

なんだかいたたまれなくなってうつむくあたし。

瞳を閉じて――――口を開いた。

 

「…一回手出してみたら満足して飽きるかもしれないじゃない」

「飽きない」

断言する。ちょっと怒りの声色が混じった。

「……多分今そんなことになったら後悔のがすると思う。だからイヤだ」

ルークとミリーナだって、とガウリイからあの二人の名前が出てきてたじろぐ。

「…どういう関係だったとしても、思うことは一緒だったと思う。『なるたけ一緒に生きていきたかった』」

「……」

 

―――ガウリイの中で彼らはどういう風に写っていたのか。

あたしには最初、ルークの一方的な片思いだと思えてた。けれど途中で少しだけ見方が変わった。

――――彼らもまた、あたしたちと同じ状態だったのではないだろうか。なんらかの理由で。

そう思ったら――――だとしたら今のままではいられないと思った。

あの二人があんな風に壊れてしまった――――今。

このままの関係で一緒にいられない。同じところに行ってしまいそうで、怖い。

 

「前、言っただろ。お前さんの重さ半分は背負うって」

なあ、と諭すように優しい声で言う。

「リナがいろいろオレより考えてるのもわかってる。そのせいでいろいろ背負ってるのも。

…お前さんらしくないことばっかり提案する位―――怖いのも」

 

でも、怖いなら、あいつらみたいになりたくないって思うなら―――もっとシンプルに考えないか、とガウリイは言う。

「シンプルって――――」

「お互いの気持ちは一緒で、結論として――――『一緒にいたい』なら。もう気持ちを終わらせるためじゃなくて、本当の意味で始めるために、『片思い』をやめよう」

 

育ってきてしまってる気持ち。無くせない。でも一気に壊す道も今閉ざされる。

―――残ってるのはさらに二人で育てていく道。

何も壊さないことを目指して。

 

「……んなことできると思ってるの」

 

これだけやっかいごとに巻き込まれてるあたし達だ。平穏にこの気持ちをこれ以上、勝手にじゃなくてお互いで育ててくなんてできるのか。

彼の言うとおり。あたしらしくないかもしれない。それでも暗く考えたくはないけど、現実的に考えたからあたしはそれを選べないと思ったのに。

 

「できるさ」

きっぱりとまた断言した。そして―――片方の手があたしの手をとる。

「……今までできてるから気持ちが続いてるんじゃないか」

「……」

そう返されて困るあたし。彼は構わず言葉を続ける。

「オレ達はああならない。オレは死なないしお前さんも死なせない」

気休めの台詞。けれど誓うように言う。

 

「――――リナにもそう思って欲しい」

 

―――この男はどうしてこう、あたしが負ける言葉ばかり言うんだろう。

 

「……シンプルってより何も考えてないって選択肢よね、それ」

そうかもな、と認めるガウリイ。

「でも必死だぞ」

言いながら彼のあたしの肩に置かれてる方の彼の手がまだ微かに震えてるのに気づく。

本当に必死なのだ。苦笑する。苦笑して―――そんな彼に嬉しいという感情が迷いより勝ってしまう。

そんな自分に仕方なくあたしは手を挙げた。観念の意味を込めて。―――彼の案を飲むとして。

感情の高ぶりで泣いたりしたくはなかったから。このままなら―――そうしてしまいそうだったから。

 

あたしの様子を見て、確かめるようにゆるゆるとガウリイが腕を伸ばして来る。

観念した以上拒まないで、拒めなくて――――それを受け入れた。

 

「……やっとリナに触れられた」

嬉しそうな声。そしてあたしの耳に彼の唇が触れて思わず身じろぐ。

さっき自分が誘ったことを唐突に思い出して固まるとそれが伝わったのかガウリイが笑った。

「いくらなんでも、だからって今はまだそこまで手出さないぞ」

可愛いなあとか言われて、からかわれてるみたいでむっとして彼の顔を見る。

 

ようやっと彼に今抱きしめられた。

大したことじゃないのにそれすら今まであたしの言葉に律儀に、『片思い』を守る為に彼はしなかったから。

大したことじゃない。そう思ってたのに―――これだけでじわじわと気持ちが満たされる。

それは彼も一緒みたいでそういう表情をしていた。

安心したような、それまでが辛くて、でもその数倍嬉しいようなそんな感じ。

これだけでこうなら確かにガウリイの言うとおりもっとなら飽きないかもしれないと思えて参る。

 

あたし達が今選んだのはきっと難しい道だ。

でも。もう仕方ない。―――決まったなら決めたのなら進む。そこまでの覚悟がお互いにあるのなら。

これから先を――――よりよくする為に。

 

笑われて悔しくて、背伸びをしてガウリイに顔を近づけたら、抱きしめてくる力を強めてきてさらに引き寄せられる。

大丈夫、ともう一度彼が誓うように呟いて、あたしの頬に彼のくちびるが触れて。

―――あたしが当初決意してたのとは違った形の『片思い』の終わりを迎えた。