Continuous cropping series story-連作・シリーズもの-

片恋理論



 

 

「あたし。…あんたのこと、好きだから」

そのものすばりと。

わざとあたしはなんてことないことを告げるようにガウリイに伝えた。単なる『理論』の『結果』だけを伝えるように。

彼はあたしの言葉に鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。

 

――――――冥王(ヘルマスター)との戦いが終わり、それぞれがそれぞれの道を歩いて数日後のことである。

その先日の戦いであたしはいろいろ思い知らされた。魔族のこと。その王のこと。仲間のこと。そして――――ガウリイのこと。ガウリイへ抱いている感情。

……気づいてから自分で認めるまでにちょっと時間かかったけど。

まあ自分の今までの行動とかどう考えてもやっぱしそうと認めざるを得ない、と判断した。それはもう仕方ない。

正直竜破斬(ドラグ・スレイブ)でふっとばしたいくらい暴れたい気分なのだけど誰が悪いわけではないのだ。ガウリイが無理矢理あたしを自分に惚れさせるようにし向けた訳じゃない。ただ単にいっしょに旅をしていて保護者であってくれただけなのだ。むしろなんであたしはそんなのにそう言う想いを抱いてしまったのか我ながらわからない。

そこで冷静になることにした。冷静に分析するのに努める。

 

さて。そうしたらどうしよう。

 

感情をこのまま捨ててしまうか。しまえるのか。多分無理だなとそれを即却下する。なんで惚れたのかもわかんないのに原因もわからないのに治せるはずもない。そんな甘っちょろいモノだったら苦労はしない。何しろ世界と天秤にうっかりかけちゃったし。

じゃあこのまま続けていくのであれば隠すべきなのか。否か。

正直前者がいいんだろうな、と思った。面倒ないし。

けど。

 

「あの。…えと」

あたしのその発言に、なんてことなく言ったつもりでもさすがに冗談ではないとわかったらしい。冗談にされてたまるか。

驚きは隠せない。ただただ何が起きたんだと言うようにおろおろしながら言葉を探すガウリイ。その姿にため息混じりにあたしは言葉を紡いで彼の発言を封じる。

「あ。別にどうこうって話じゃないから。ただ単にあたしが言いたくなっただけだから。あたしだけがおろおろしてるのもシャクだし」

しれっと本音を言う。

 

そう。最初は隠してそのまま今まで通りでいいやと思ったのだ。

けどすぐに腹がなんだか立ってきたのだ。

何も知らない彼。こちらの感情に応えろなんて言わない。絶対言わない。けど、こちらにとって心臓痛くなるような笑みとか行動とかを無自覚にされ続けていると、さすがに。

少しは純情な乙女に気を使うくらいのことはこれからしてほしい。それは別にあたし相手に限ってのことではない。

 

「リナ」

「ただこっちはそんなわけで。勝手にそばにいたくてそばにいるし、勝手にあんたを好きになったんだからこれからきっと勝手にどうにかするから」

ガウリイの何か言おうとする言葉をわざと遮る。

多分聞くのが怖いんだろうな、なんて自分のことなのにぼんやりと思う。本当。こんな気持ち初めてかもしれない。

なんとも表現しがたいこの複雑な気持ち。

 

「…勝手にどうにかする、って」

次の彼の言葉を遮る台詞を探す前に彼は眉をひそめて言う。

「…どうするんだ?」

「……」

言われてしばし考える。彼を見る。

――――――今は心臓がうるさい。

このひとといて痛かったりうれしかったりする。から考えられないけど。

 

「…飽きる、とか。そのうちどーでもよくなるかもしれないじゃない?」

仲間の一人として昇華してしまうこともあるかもしれない。

突発とはいえベストな回答をするあたし。それに今度はガウリイが困ったようにため息ついて考え出した。

「……何よ」

思わず訊いてしまう。

「…いや。本気なんだよ、な。オレのこと」

「…そうよ」

「一緒にいたい、と」

「……」

こぉ恥ずかしいからわざわざそんなの確認しないでほしい。

顔が火照りつつもあたしは無言で頷く。それにガウリイは

やっぱりまた考え込む。

「…オレも多分リナと同じだと思うんだけどなあ」

その言葉にあたしは一瞬凍り付く。

正直予想外な台詞。でもすぐに気を取り直してあたしは冷たく言う。

この男がわかってるわけないのだ。

「…恋心と庇護欲一緒にされてもね。いや、いいけどさ」

「いや、別に一緒にしてないけど」

 

目眩がした。

ちょっと待て。

 

頭を抱えるあたしに真剣に彼は言う。

「別にどうこうって話じゃない、って言ったけど。それってオレの気持ちがお前さんにない場合だろ?

…うまくいえないけど、オレもお前さんのそばにいたいぞ?前とは違う感じで。子供だ、って。思うこと最近なくなってきてて…」

「――――――――」

 

心臓が破裂するかと思った。

「――――――言われたから今わかったけど――――多分惚れてるんだと思う、オレも」

 

けどその瞬間にあたしの中にやはり冷たいものが注がれる。

ダメだ、と。心が制御にかかる。

理論をいっぱい頭の中にめぐらせる。

 

「…ダメよ」

あたしは――――――わざと強く言う。

自分の心を殺しにかかる。ガウリイは何にも考えてない。何もわかってない。だからそんな言葉に惑わされてはいけない。

あたしが何のために(・・・・・)彼に好きと告げたのかを思い出せと叫ぶ。

 

「あたしの勝手な片思いなの。あんたは応えたらダメ。こういうのは言ったもんがちなんだから。遅いのよ」

強い口調で彼の言葉を否定する。

どうして、と彼は言う。ためらいながらもあたしは言う。

「あたしは、あたしのものよ。思考も、行動もすべてあたしだけのもの。それをあんたが今応えたら、縛られちゃうじゃない。あんたに。だから絶対イヤ」

 

――――――もし本当に同じ気持ちならば、あたしが言い出す前に言ってくれなければダメだ。

ここで両想いなんて冗談じゃない。あたしにだってプライドがある。

ガウリイは優しいからあたしに思考を合わせている可能性だって否めない。むしろその可能性が高い。のにそんな甘い言葉に酔えるほどあたしは幼くはない。

そう、言い聞かせる。

 

「別に、オレは」

「あーもう。だから。もうこの話は終わり。単に言いたかっただけっていったでしょ。じゃ、そんなわけで」

思いのほか面倒なことになったんで無理矢理話を断ち切ってあたしは自分の部屋に戻ろうとする。が、瞬時にガウリイが腕を伸ばしてあたしの腕をつかみ制す。

「そんなわけに、いかないだろ」

「離して」

「リナ」

強い口調であたしを彼は呼ぶ。

瞳が合った。

困ったような――――それでいて悲しそうなそんな表情をしていた。

 

――――何のために――――あたしが彼に好きと今、あえて告げたのか。

 

「何を――――――怖がってるんだ?」

――――――――。

 

あたしは、あたしのもの。

思考も、行動もすべてあたしだけのもの。

そしてそれ(・・)は――――――逆でもある。

 

「…別に。……あえて言うなら…真面目な顔した今のあんたが怖いってところかしら」

「真面目な話だろ」

真面目な声で、表情で返してくる。

「普通、恋人になりたくてそういう事って告白するもんなんじゃないのか?なのに、今のお前さんは――――」

突き放す(・・・・)ため(・・)()言ってる(・・・・)ように聞こえる、とガウリイは言う。

一瞬だけ思わず目を見開いてしまった。

 

あたしはあたしのもの。

それと同時に――――――ガウリイはガウリイ自身のものだ。

彼の人生なのだ。

それを拘束する理由は本当はどこにもない。

それでもあたしは彼を巻き込んでいる。巻き込んだ。

――――――魔族にさらわれるなんて助かったのが奇跡みたいなそんな状況に彼を先日陥らせた。

 

今、はまだいい。自称保護者と被保護者なんてどうにでもできるし。彼の剣に関するおっかけな分には。

――――――あたしが勝手に思っている分にはいい。

勝手にひっついているだけ。勝手に好きになっただけ。その気持ちはあたしだけの問題。どうにでもできる。

けれど、もし。あたしだけの問題じゃなくなったら――――――。

 

いざというとき突き放せなければその関係を狙われるだろう。再び。もっと確率はあがるのだ。

彼が応えてくれることがいい状況だとは――――――――到底思えない。

側にいて想えるだけで何の不満があるというのか。

彼の剣を理由に側にいる。それだけでいい。

あたしは――――片思いをゆるぎないものに確定させるために彼にそれを告げたのだから。

 

「じゃあ、オレが誰か好きになってもお前さん、いいのか?」

ちょっと不機嫌な口調で訊いてくる。

そのそぶりに、あ、もしかしてさっき言ったガウリイの言葉は血迷ったものでもなんでもなく本気なのかも、と心の奥底で思う。

あたしに最近は惚れてる。

それに嬉しいという感情が生まれることをあたしはあえて消す。抑揚のない声で言う。

「…そりゃ。あたしが勝手に想ってるくらいだからそんな権限ないし。止められないわよ」

相手にもよるけど。

そしてそれが実ったら――――――――多分苦しいんだろうけど。今、こうして言ってる時より。

けれど、その時には潔く別の気持ちに昇華できるようになってると――――――信じたい。

 

「…わかった」

言ってガウリイはあたしの腕を離し――――そのままあたしの手のひらに自分の手のひらを持っていき握りしめた。

指が絡まる。強く強く。

「ガウリイ?」

決意をしたように彼は言う。

「じゃあオレもこれから勝手にお前さんに、片思い、する」

 

あたしは絶句する。――――――彼の言葉の意味が一瞬わからなかったから。そして――――――すぐ理解したから。

 

ガウリイは意志を込めたように、強く強く言う。

「権限ないし。止められないんだろ?だったらオレは勝手にリナに惚れていく。どんどん好きになっていく。側にいる。他に望まない。お前さんの意思は知らない」

「っ、ガウリイ」

言葉を制そうとするあたし。けれど本人が言うとおりあたしの意思を無視しその言葉は止めない。

繋いだ指を自分の顔に持っていく。

「お前さんといることで何に巻き込まれてもオレの勝手だし、オレの意思だから気にしなくていい」

「…っ」

 

――――――見透かされてるんだろうか。ガウリイなのに。

あたしが何を恐れているのか。恐れたのか。

 

心を捕まえられた感覚。恐怖と重なってぐるぐると体の中を巡る。

 

「片思い同士なら――――――問題、ないよな?」

そう言って切なそうにあたしの手に口づける彼の男っぽい表情に、気づく。

捕まえられたのは――――今じゃない。今更。

こういう妙に鋭いところとか、優しいところに――――――あたしはもう随分前にとっくに心を奪われてた。

 

悔しい、と言う感情が、ぐるぐるからほどけて整頓されだしたあたしの中に一番最初に生まれた。

やっぱし両想いはイヤだ、と想えた。これ以上彼に全部捕まりたくないから。

 

「いいな?リナ、そういうことで」

真面目な声でガウリイにそう訊かれるものの自分のいろんな感情に必死であたしは何も言えない。

それによる無言を―――肯定と受け取ったらしく彼が笑った。

 

――――――――あたしたちは、多分第三者から見たら不毛な片思いのしあいを―――そうしてそれから始めることになった。