Short Story(SFC)-短い話-

かなしい腕



「……まだ怒ってるのか」

 

すぐ後ろをあるくゼルがあたしに向かって言う。

普段はあたしの前を歩く彼だけれど、彼の後ろを歩くあたしだけれど、今に限ってはその法則を破っている。

けれどそれは仕方ないと思う。

肩越しに振り向いて。彼を見た。右腕を包帯で吊っている彼の姿を見て、あたしは脹れたまま答える。

「当たり前じゃない!」

悪かった、と何度目かの謝罪を彼はあたしに言った。

 

 

人が近づかない、とある村はずれにあるダンジョンの中に遺跡があるらしい。

そういう噂をきいてこの地にやってきたあたしたち。

数日後に中に入って調査しよう、という話になっていた。数日後、なのは他ならない。タイミング悪くあたしが魔法が使えなくなってしまったから。

まあそう急がないし、と言っていたはずなのに――――ゼルは一人で行ったのだ。あたしを置いて黙って。

 

 

「たまたま調査中に別の入り口を見つけて中に入ってしまったと言っているだろう」

「すぐ見つけてそこで戻ってくれば問題なかったじゃないっ」

さっきから何度も同じ言い訳をするゼルに同じように答えるあたし。そして彼は黙り込む。

それで何もなかったとか、あったとしてもいい結果ならば別にあたしだって多少はすねるとか、寂しいとか思うけれど怒りはしなかったのだ。

が。中にガーディアンらしき合成獣がいたらしい。それを戦った結果倒したものの、それの爪で多少腕を切り裂かれていた。

多少の傷だ、と甘く見ていたのがゼルの悪いところ。

治癒をかけると腕はみるみるおかしな脹れ方と激痛を発した。

どうやら毒なのか雑菌なのかが傷口から入っていたらしい。それを活性化させてしまったから一大事。

なのに、自分の体が普通とは違うから、と病院に行くのを拒んで、あたしにも知られないように、調べ物があるからと宿の自分の部屋に閉じこもっていたのだ。

おかしいな、と思ったあたしが異変に気づき、嫌がる彼をひきずって医者に見せた帰り。で、このやり取りである。

ゼルの体に眉をしかめつつも、腕の異変のほうに注目してくれた。いいお医者さんだったと思う。一旦治癒で塞いだ傷を再度ナイフで開き、中の膿を抜き出し、麗和浄をかけて事なきを得た。

「一応そういう未知なる生物につけられた傷とのことなんで、麗和浄では効かない毒とかが微量にでもあって残っているかもしれない。様子を見るまで治癒はかけずに薬草などで治していきましょう」

なるたけ動かさないように、と言われこの姿というわけだ。

あたしが怒りたくなるのも当然だと思う。半分は自分に対して。こんな時に魔法が使えなくなった自分への苛立ち。そして半分はもちろんゼルのうっかりさに。

普段慎重な彼なのに、時々自分の体の事に関しては疎ましいと思っているせいなのかやたら無頓着になる。それはわかっていたけれどこうなると。

 

「調査の続きは完治まで絶対禁止。無理はしない。いいわねゼルっ」

ああ、と反省を声ににじませるしおらしい彼を確認して、少しだけそれに怒りが解けつつも気づかれないようにあたしは再び前を向いた。

 

 

 

―――空気がひんやりとし始める。

一件があったその日の夜。それを宿の中でも感じられるほどの時間になるとあたしは自分の部屋から、下の食堂へと降りていった。

ゼルの希望で、夕食は決まって遅い時間。人がいなくなるほど。大勢に囲まれて見られるのが嫌だからという。あたしから言わせたら彼が選ぶ宿に泊まる人間は結構自分にかかわらないでくれと言った少し怪しいタイプが多いし、人が多いときのが目立たなくていいと思うのだけれど。

ここは酒場を兼任している食堂ではないから尚のことこの時間には他には誰もいなかった。

昨日から泊まっているけれどあたしたちのこの時間の注文に食堂のおじちゃんは無表情で答えてくれる。きっとこういう時間に食事をする客が今まで皆無ではないのだろう、と思う。

先に下りていたゼルは包帯こそしていたものの吊った状態ではなくなっていた。

 

注文した料理が次々に目の前に運ばれてくる。

いつも食事の間は無言。彼が元々食事時にそんなしゃべるタイプでないのと、あたしはあたしで食べるのに没頭するせい。

ガウリイやリナみたいに、食事奪い合いとかしないし。

けれどその沈黙がいつもより重苦しいように感じるのはあたしの怒りがまだ少し収まってないからだろう。

 

がちゃ。

そんな最中、いつもはあまり聞かない耳障りな食器の音が食べる一番に響いた。

思わず手を止めてその音のした方向――彼のほうに視線を向ける。

しまった、とした様な表情のゼル。そしてあたしの視線に気づいたのかすぐ取り繕う。

「……たまたま手が滑っただけだ。気にするな」

自分の皿に集中しろ、とさもあたしの注意力散漫とばかりににらんだように言う。

普通の人ならそれに、なんだ、と腹を立てるところなんだろうけれど、そこそこ一緒に旅をしているあたしにはそれが虚勢だとすぐわかった。

逆ににらみつける。不機嫌なのは昼間から継続中だから簡単だ。

「……なんだ」

逆にあたしが言うはずの台詞をゼルに言わせた。

「―――もしかして――ちゃんと持てないんじゃないの?フォーク」

「………」

 

黙り込むゼル。それが図星か否かを物語る。

あれだけ腫れていたのだ。もしそうでもおかしくない。というかなるたけ動かさないようにとかお医者さんも言っていたわけだし。

彼は食器の持ち方とか綺麗な人だと思う。彼曰くそれが普通だというけれど、もちろんちゃんとした作法を身につけたアメリアとかとは違うけれど、それでも音をむやみにたてるような、滑らすような持ち方はしない。

 

「……もう治ってきている。食事をとるのに支障はない」

やっとのことで口を開いたそれはきっと誰が聞いても言い訳がましい台詞。

自分の弱いところを認めたがらないのは誰でもあるけれど、突っぱねていう姿は子供のよう。それに怒りよりも先に呆れる。

他に生まれた感情は彼にも、誰にも多分言えないし説明できないからさておいて。

 

「……さっき言った台詞…もう忘れたの」

極力抑えた声で、けれど強い調子であたしはゼルに言う。わざと。表情はにらみつけたまま。それにゼルが少し驚いた顔をした。

「『無理はしない』で頷いたの誰だった?」

「……俺、だな」

 

ぎゃあぎゃあと激昂していたところにいきなり抑えた声が怖いと思ったのかあっさりと認めてフォークをからん、と落とす。

包帯を巻いた腕を下ろす。

「フォークを持たないで食えるものだけでしばらく過ごす」

観念したように言い、これはお前が食べろ、とまだ手をつけていない、フォークが必要な料理の皿をあたしの方へ左手で寄せようと彼はする。それをあたしはすぐに制した。

「ゼルが頼んだものなんだからゼルが食べなきゃ」

「さっき言ってることと違っているぞお前」

「違ってないわよ」

そう言ってあたしは彼の皿の料理に彼のフォークを使って手をつける。

そしてそれを彼の顔近くに差し出す。

「あたしが言ってるのは。『その腕を使って無理するな』であって、『食べるな』じゃないもん」

 

その言葉にまばたき。驚いたようだ。あたしの言葉にか行動か。はたまた両方か。

「……で、これはどういうことなんだ」

行動だったらしい。多少おどつきながらも彼はあたしに問う。

 

 

腹がたった。半分は自分に対して。

彼の役に立ててない自分に。

ゼルがあたしに頼りたがらないのなんて知ってる。というか、彼は誰かをあてにした行動はしない。できるだけ自分でやろうとする。信用してないからじゃなくて迷惑をかけないため。知ってる。あたしだって似ている。だから。

だからこそお互いそれが嫌と思ったときは行動して伝えないといけないと心がけてる。

彼の力になりたい。

 

 

「あたしが食べさせてあげるって言ってるのっ」

「なっ」

香茶を仮に飲んでいたら吹き出していただろう。それくらいの勢いで動揺するゼル。

「何を言い出すかと思えば…お前な」

左手を自分の額にあてる。頭痛がするといったように。それとも顔を隠したいのか。そんな感じで。

「何?」

「そんな真似できるか公然の場で」

「公然の場じゃなきゃいいわけ?」

「……っ」

 

あたしの反論に更なる動揺。ここまで来ると、あ、照れてる、とわかってなんだかおかしい。

「……人の言葉の揚げ足を取るな」

必死に冷静さをとりつくろっている。

「大体食堂この通り誰もいないし」

「そういう問題じゃ…」

「―――あたしの腕から食べられないって言うなら今までよりもっと怒るから」

 

脅迫じみた台詞をとどめとしてさす。

うなだれる彼。でもそれがかわいくて。同時に勝った、と思えて嬉しかった。

 

「はーい、あーんして」

「……わざわざ言わなくても口開けるからやめてくれ…その、台詞」

笑顔で差し出すあたしに合わせて観念したゼルが口を開いて、料理を口で受け取る。

彼の腕の代わりになれてる自分がうれしい、というのと。

彼をじっと眺めているのが、いられるのが今更ながら、なんだか新鮮な気がした。いつも一緒にいるのに。

 

「お前もちゃんと食べろよ?」

そんな状況なのにあたしを気遣う彼に、当たり前じゃない、とあたしは笑ってそのフォークを、自分の料理へと運ばせた。