Short Story(not SFC)-短い話-

鍵のない檻



「……ちょっと、考えさせてくれる?」

突然の彼の言葉にあたしはとりあえずそう答えた。

 

 

 

いつも通りにあたし、リナ=インバースと相棒のガウリイは旅をしていた。

たまたま立ち寄った町で。たまたま見つけた食堂で。

注文した料理を待っている時だった。

なあリナ、とガウリイが言い出した。

 

「いっしょに、ならないか?」

 

食事のメニューを何するか訊くのとあまり変わらない調子でガウリイはさらりと言った。

あたしは彼が言った意味が一瞬わからず思わず目を丸くする。

あまり変わらない調子で言ったものの顔は真面目だった。

……え…と……

 

「言い方が悪かったか?」

苦笑しながら彼は言い直した。

「結婚しないか、リナ」

 

 

なんで?と口にしてしまいそうになったのをあやうくこらえる。

彼が本気で言ってくれていることは顔を見ればわかる。たぶんそんな風に言ったら気を悪くするのは目に見えてる。

冗談でしょ?とも言いたかったけれどこれも同様。

でもあたしの中にはとにかく疑問だらけで。

「……ちょっと、考えさせてくれる?」

そう、かすれかけた声で口にした。

その後すぐに料理が運ばれてきて、あたしは食べるのに専念した。

 

 

そのあとは適当なやりとりをして、その町で宿を決め、自分の部屋に入った。

何を適当に話してたのかはあんまし覚えてない。もしかしたらお互い無言だったのかもしれない。

それほど心にゆとりが無くて。

ショルダーガードを外すと倒れるようにベッドに寝転んだ。

 

 

―――――彼と旅するようになってから5年は経つ。

いつのまにかあたしは20歳を超えてしまったし、その間いろいろなことがあったと思う。

だからこそ――――どうして今、なのか、と思う。

 

保護者と非保護者だから、と言うわけではない。

そんな肩書きはいつのまにかあるんだかないんだかわからないものになっていたし、そうとは言いがたい状況になる事がいくらでもあった。

今日だってたまたまそれぞれの部屋を取ったものの1つの部屋、と言う時もなくはない。

あたしの郷里に2人で行ったこともあったし、両親にはとっくに会ってるし。

あたしの方はもろもろの事情から彼の実家そのものには行ってないものの、彼の郷里にはちょっとだけ訪れたし。

 

でも特にガウリイもあたしも、今までわざわざ何かを口にすることはしなかった。

口にする必要が無かった、とあたしは思っていた。

口にしようがしまいが、お互い隣にいるし、離れるつもりが無い。

 

――いや、正直に言うと前はきっとあたしはどこかで期待していたのだと思う。

彼がゼフィーリアに行きたいと言ったときもそうだし、実際行った後もそうだし。

そう言った『節目』の時はいつもどこかで頭に入れていたことでは有ったんだと思う。少なくともあたしは。

当時のあたしが聞いた台詞ならば、心臓を飛び跳ねさせて、彼の言葉にうなづけたと思う。

 

けれどそんな自分でも可愛らしい反応ができる時を過ぎてしまった気がする。

彼とあまりに当たり前に長く居過ぎた。

たぶん、世間様の言う『結婚』となんら変わらない部分も多くて。

あきらかに違うとする部分を挙げるなら、身内だけでなく世間様が認めてる関係か否か、位のレベルだと思う。

 

だからいつのまにかそう言うことを考えることも無くなったときにプロポーズ。

――――どう言うつもりなんだろうか。

旅をやめたくなったとか?

もしかしたらその部分はあるのかもしれない。

彼はあたしより結構年上だし、そろそろ安定したい、と思っていたのかもしれない。

で、たまたま言う機会が今日だったと。

………だとしてももーちょっと場所とか気を使って欲しいんだけど。一応。前触れもなさすぎる言葉。

 

けどそれも別に『結婚』と言う形を取らなくたってできるような気がする。

ちゃんと式挙げて。あたしはドレス着て。知り合い集めて祝ってもらう。

それが必要なんだろうか。

 

たぶんこの関係にあたしがあえて甘んじていたのは、自由だから、だと思う。

形にこだわらない関係。

けれどここで結婚という関係になると、なんとなく閉じ込められた感覚をうける。

檻を用意された。

 

彼はそんな、結婚したとしてもきっとがんじがらめにしたりはしないだろう、と思う。

今までだってあたしの好きなようにさせてくれたし、それがそう言う関係になってじゃあやめろ、と言うよ―な男なら、あたしはきっとこんなにも彼と一緒に居たがらない。

でもだからこそわからない。

用意された檻は鍵の無いもの。

――――意味があるんだろうか。

 

 

「リナ」

とんとん、とドアを叩く音がして、ふと我に返る。

ガウリイの声。

まさか、もう返事を聞きに来た?

久しぶりに心臓をばくばくさせて、あたしはベッドから離れ、ドアを開ける。

変わらない彼の、表情。

「な、何?」

妙に上ずった声が出てしまう。

「いや。この町は明日には発つのか?って。そう言えば訊いてなかったな、と思ってな」

「…あ。ああ」

その言葉にちょっとだけほっとする。

「そうね、別に協会もないし、しごとにも困ってないし。特に面白そうなものもないし明日には発つつもり。……なんで?」

「いや。だったら明日寄っていきたいところがあるんだがいいか?」

「別にいいけど」

誰か知り合いでもいるんだろうかこの町に。

そう言えばここは彼の郷里のエルメキア寄りの国境付近の町だから、古い知り合いもいるのかもしれない。

「そっか」

穏やかな笑みで彼はあたしを見つめる。

先ほどの台詞なんてまるで気にしてないように。

 

「………そんなに、悩んでるのか?」

「え?」

彼の手が伸びてあたしの髪を撫ぜる。少し心配そうな表情。

「眉にしわが寄ってるぞ」

思わず手を額にやった。そう見えてるのか。

「やっぱり考えられないか?結婚までは」

少し寂しそうな顔をして言う。この顔は、ずるい。

 

考えられないわけじゃないけど、とあたしはつぶやく。

考えさせて、とは言ったものの一人でいろいろ考えこんでいるよりは彼にちゃんと聞いたほうが答えが出るかもしれない。

一瞬考えた末、中に入って、とあたしは中に招き入れた。

 

あたしが、ベッドのすぐ傍の備え付けの椅子に座る。ガウリイはベッドに座りこんだ。

じっと彼を見て、あたしは口を開く。

「……どうして今更、結婚しよう、って言い出したの?あんた」

多分一番の疑問。

まずそれから解決しようと意を決して単刀直入に言った。

 

「そう言えば言ってなかったな、と思って」

それに対する彼の言葉は単純なものだった。

「…もうとっくに結婚してるつもりになってた、ってわけ?」

半分呆れてあたしは言う。

でも彼がそう思っててもおかしくないかもしれない。だからこそあたしは疑問を抱いたのだ。

 

「それもある」

あっさりとうなづくガウリイ。

「でも、他にもいろいろあるぞ?例えば最近は魔族とか巻き込まれることなくなったな、とか。

もうほとんどの町に旅で行ったな、とか。やっぱし何かきっかけないと踏み切れないだろ?」

確かに。

前に魔王をぶちのめしたり高位魔族をぽこぽこぶちのめして波乱万丈過ぎたのか今はびっくりするくらい平和ではある。

そしてこれまた彼が記憶していたのにも驚くけれど、確かによっぽどの理由がある場所以外はあたし達は一通りの場所を訪れている。

 

「じゃあ、旅を止めて落ち着きたいって事?」

「いやそれは、お前さんがまだやめたくない、って言うならそれもいいと思う。別に結婚したからってどこかに留まる理由はないだろうし」

だったら尚更わからない。

 

「だったら別に、わざわざ……」

「けどな」

あたしがそう言いかけたのをさえぎって彼は言う。

「落ち着きたい、ってのはあるな。場所はどこでもいいし、旅しててもいいけど。

リナが当たり前に居て、家族って形をきちんと持ちたいなあ、って」

またあたしの髪に彼は触れる。

「帰る場所、って言うか家庭、って言うか。まあ、そう言う意味ではお前さんの言う通り考え方ひとつなんだろうけれど。

でもそう言う意味で、ちゃんといっしょになりたいと思った」

優しい声でそう言われて―――ああ、とやっとあたしは納得した。理解した。

 

彼にとって―――用意された檻は、『帰る場所』なのだ。何があっても迎えてくれる暖かい場所。

だからいつでも入れるし、出ていくこともできる。

鍵なんて、要らない。

存在している事が、変わらずそこにあることが重要。

 

「でも、お前さんが嫌だ、って言うなら今のままでも仕方ないと思う。

今までずっとオレもなくてもいいと思ったし、特に何も言ってなかったんだし」

そう言う彼が少しだけ、苦く笑う。

やっぱしあたしが思っていた、歳をとって安定を求めている、というのは的を得ていたのかもしれない。

「だから、そんなに思いこまなくてもいいんだぞ?」

どっちでもあたしの好きにしていいから、と言うようにそう言うガウリイ。

ばか。

 

「いいんじゃない?そーゆー場所をちゃんと作るのも」

あたしは彼に答える。彼の表情がどこか変わる。

 

きちんとわかれば、別に拒む理由なんかない。

むしろ彼の言葉に、なんだか暖かくて楽になれて。

 

「あんたが意を決して踏み切った、ってゆーならそれに付き合ってあげるわよ」

笑って軽い口調で言うと彼も笑って、嬉しそうにあたしをぎゅっとゆっくり抱きしめる。

初めてでないのに、なんだかいつもより照れながらあたしは彼の腕の中に甘えて、唇を重ねた。

 

 

 

 

―――次の日。

彼が連れてきてくれたのはとある墓地だった。

実はこの町、彼の母親の郷里だったらしい。ガウリイの母方のおばあさんとかの墓はここにあったとか。

着くまで何も言わないんであたしはびっくりして彼の髪を引っ張ったりしてみたり。……まあすぐには思い出せなかった、というのがガウリイらしくはあるけれど。

もしかしたらきっかけは彼は意識してなかったにしろそれもあるのかもしれない。

買った花を手向けて色々墓前に報告をする。

いやその。ほら。

 

「んじゃ、ゼフィーリアに向かいますかっ」

報告を終えるとあたしはそう言った。

さすがに姉ちゃん無視して勝手なところで式挙げるのは怖いし身内なしじゃあ意味無いし、ってことでゼフィーリアに行くことにした。

何年か前も二人で訪れた郷里。

あの時とは目的もあたし達の想いも心構えも、だいぶきっと違うけれど。

 

「ああ」

彼は優しい声で答える。

何も変えるつもりは無いけど、変わるつもりも無いけど。

もし何か変わることがあったら、それを今みたいに受け入れられたらいい、と想う。

彼といっしょに。

 

鍵の無い檻の中で。