Topic of 10 with the image from the numbers  
-数字からイメージして10のお題-

10.十分




「リナ、これやる」

「ありがと」

本日何個めかのガウリイからのアメ玉をあたしは受け取る。本当何個めだ。なんなんだ。

 

なんてことない穏やかな日、穏やかな日常。そんな状態を久しぶりにここ数日過ごさせてもらってる。

ゼフィーリア・シティ。

あたしの実家。かなり久しぶりに里帰り。いろいろあってちょっとしんどいことがあったからかもしれない。うちの自称保護者が、あたしの郷里に行きたいと言ったのにあたしは同意してやってきた。

 

で、話は昨夜にさかのぼる。

 

「リナ、明日は何食べたい?」

母ちゃんが珍しくあたしにリクエストを訊いてきた。

大抵我が家の場合、父ちゃんか姉ちゃんのリクエストが通ることが多くて、あたしは訊かれることも少ない。

久しぶりに帰ってきた娘をたまには優先ってことだろうか――と思ってふと明日の日付を確認する。

「あ」

それで理由が判明する。

 

―――――あたしの誕生日。

ばたばたしててすっかし忘れてた。

 

「そっか。覚えてたんだ、かーちゃん」

言うと胸を張って自慢げな顔をする母ちゃん。

「まあ母親ですからね。普段旅してて何もしてないし。誕生日くらい夕飯のリクエストくらいは受け付けてあげるわよ」

「ありがと」

「逆に言うとそれくらいしか忙しいしやらないから」

「……」

 

そんなやりとりをしているところにたまたまガウリイが通りかかって聞いてたらしい。

 

「リナ、誕生日なのか」

「明日ね」

知らなかったと驚いたように言うガウリイにあたしは肩をすくめる。

「言ってなかったし。あたしも忘れてたし」

「……」

困った顔をしたまま黙り込むガウリイ。けどその後特に様子が変わった感じもなく、あたしもそれっきり特に何も思わなかったのだけれど――朝、そんなあたしの元にガウリイがアメを手渡してきた。

 

「リナ、これやる」

「へ?」

手を出せと促されて出せばアメ玉ひとつ。意図が読めず眉をひそめるあたしにガウリイは言う。

「嫌いだっけか?アメ」

「いや、嫌いじゃないけど」

「よかった」

見れば妙に機嫌よくにこにこして、とりあえずそれを口にしてみるあたしを見つめるガウリイ。あ。好きな味。

それにしても珍しいこともあるな、と思ってふと昨夜のことを思い出す。

「…もしかして…誕生日だから?」

「ああ」

なるほどそっか、と思いながらアメをなめる。

しかしそれにしてもそれでアメくれるって子供か。他になんかなかったのか。

呆れつつも何かしてくれようとしただけで嬉しかったからあたしは素直にありがと、と短くつぶやいた。

 

が、しかし予想外なことはそのまま今に至るまで続いた。そこで場面は冒頭に戻る。そう。つまり。

延々とガウリイがアメをくれるのである。

 

味はバラバラであたしの好きな味ばかりだからまあ飽きずになめてる。飽きないけど―――。

行動にはそろそろ飽きる。なんでこんなにくれるんだ。

もしかして袋に入った大量のアメを買っちゃって、処分に困ってなのか。だったら袋まるごとくれればいいものを。

なめ終わった頃に次が来る。朝家にいるときから始まって、今、こうして町中で買い物している最中も。

そろそろいい加減にしろ、と言おうか――と思ったときにガウリイの方から口を開いた。

 

「リナ、今のでアメ何個目だっけ?」

自信なさげに指折り数えて言うガウリイ。数えてたんかおまいわざわざ。数えててわかんなくなってどーする。

呆れながらもあたしは思い出して答える。

「…確か、十五個じゃない」

我ながらついつい食べてたけど。

「そっか。ちょうどいいな」

満足げな口調。それにまた眉をひそめる。何が。

「これで十五歳までのリナを全部祝ったぞ」

……へ。

 

彼の宣言にきょとん、としてガウリイを見るあたし。彼はすねたようなそんな表情をしながら、笑う。

「だって。悔しいじゃないか。おまえさんとずっと一緒にいたのに今年が初めてなんて」

「え、どゆこと」

「親父さんに、リナの誕生日を生まれたときから一番祝ってるのは俺なんだぞって。自慢されたんだ昨日の夜」

「や、それは親だから当然だし」

つか自慢にならないだろ父ちゃん。実家にいた頃そういろいろしてもらった記憶ないし。ここ数年あたし実家にいなかったし。

 

「だから。オレも最初っからリナの誕生日祝いたかったんだ」

アメ玉十五個。

一個ずつあたしに与えたのは一歳一歳を祝うため。

子供に与えるようにアメ玉を。

「十五年分はクリアだな」

笑顔で、言う。

 

「……ばっかじゃないの」

自信満々な顔のガウリイにしれっとあたしは言う。

嬉しいなんて思ってやんない。思ってやるか。阿呆か。

「実の保護者と張り合ってどーすんのよ、自称保護者さん」

何かと思えば保護者として張り合ってこれかい。ああもう。

 

あたしの実家に帰ってきたけど何にも言わない彼。何考えてんのかわかんない。

けどとりあえず確かなのは、本物の保護者が現れたからって保護者でありたい部分は引かないみたいで。

あたしとしてはいろいろ複雑な気持ちである。

子供扱いまだする気なのか。変わらないのか。

…変われないのか。

 

あたしは自分の頭押さえてため息まじりに彼に言う。

「…あと三個アメ玉渡す気なわけ」

今日で十八歳。十五個で区切ったのはガウリイとあたしが出会った年齢だからだろうか。彼が覚えててわかってるかわかんないけど。

彼の理論で言うと、あと十六歳と十七歳と。今日の十八歳が残ってる。

 

けどあたしの言葉に、頷くと思いきや、いや、と言って頬をかくガウリイ。

「後のみっつは、アメじゃないだろ」

だってもう子供じゃないんだし、と続ける。その言葉に一瞬耳を疑った。

…なんて言った?

思わず足を止めてまじまじと見るとやっぱし笑って彼は言葉を述べる。

今日の彼はずっとなんだか機嫌いい表情と声。

 

「今はあきらかに違うしどこで区切ろうかと思ったけど。会ったとき確か大人でも子供でもないって言ってたからオレと出会う前までがアメってことで」

「……」

「後のみっつ、ずっと考えてるんだ。どういうのならリナにいいのかなって」

「……」

「…聞いてるか?リナ」

あたしがあまりに黙ってるもんだから彼は顔をのぞき込むようにかがみこむ。

あたしは、それに構わず彼の言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。

 

自称保護者。そうずっと言ってきた彼。女子供に優しくするガウリイ。いろんなそぶりとか、ずっと子供扱いだと思ってた。ずっと変わらないから。

けれど――もしかして彼の中で両方の扱い一緒なのかと今ようやっとそのことに気づく。一緒だから変わってもわからなかった。

いつのまにか子供じゃない方の立場に実は扱われてた。いや、もしかしたら彼が十五歳で区切ったのなら、かなり最初からとっくにそうだったのかもしれない。

 

「…なあ、なんか、欲しいものあるか?リナ」

こっちの気持ちも知らず彼は優しい声で言う。

残り二つで、とガウリイが言う。どうやら一つは思いついたらしい。多分、それは十八歳のあたしへのもの。

子供とはあきらかに違うという今のあたしへのもの。

十六歳のあたしと十七歳のあたしへの贈り物を彼は考えているのだろう。それもアメじゃないもので。

あたしは苦笑した。

 

あの頃からあたしが彼から欲しかったもの。

子供扱いしないこと。そして―――そういう対象であたしの方を向いてくれること。

今十分なものをあたしにくれたことを彼はわかってないんだろうな、と思う。十分すぎて本当は泣きたくなるほど嬉しいものを。心臓ときときすするものを。もう。

―――子供扱いしてないなら何故ここにいるのか――――あたしの隣にいてくれるのか。

わからなかったいろんな曖昧が全部明らかだし。

 

「…そーねー」

けれども何も要らないというのももったいないしシャクだから歩みを再び進めながらあたしは考えるふりをする。

あたしに合わせて足を止めてたガウリイもそれに慌ててついてくる。

 

「何がいいかなー♪何でもいいのよね」

「おいおい」

あえて弾んだ声を出したからか、あたしが相当ムチャなワガママ要求を考えてるとでも思ったのか慌てた声のガウリイ。

「…せっかくだから、郷里にいる間じっくり考えさせてもらうわ。十六歳十七歳はとりあえず保留にしといて」

 

で、その間にもっとはっきしさせてやる。しなかったらその二回の権利のどっちかで言わせてやる。

とりあえずはちゃんと自分で考えたらしい十八歳の今のあたしに贈るもので様子見させてもらいましょうか。

 

―――振り向いて見せたあたしの強がった笑みに、色々こっちの感情に気づかれたか、ガウリイがこれ以上ない位の優しい笑みで見つめて返した。