Topic of 10 with the image from the numbers
-数字からイメージして10のお題-
01.一途
――あたしは、大体の女相手なら喧嘩を売られようがなんであろうが、強気でいられるしあしらえる自信がある。
例外二つを除いて。
一つは、郷里の姉ちゃんみたいなタイプのひと。
そしてもう一つは。
最近、出来たことにその手のタイプを何人か見たことで気付いた。
苦手、とかそんな簡単な言葉で表せないし表したくないタイプ。
「ガウリイさま、リナさん」
聞き覚えのある声がし、あたしと連れのガウリイは同時にその声のする方を見る。
黒く長い髪をさらりと揺らして彼女は笑みを浮かべた。
あ。
「シルフィール」
単純に久しぶりに会った仲間に笑みを返す。
――冥王の一件以来だ。
しかしここは彼女が現在住んでいるセイルーンではないのだが。
「お久し振り。どうしてここに?」
「叔父の遣いなんです。こちらの地方でとれる薬草が必要になりまして」
驚くあたしの問いに答えながら、お久し振りです、と少しだけはにかみながら会釈するその顔はきちんとガウリイに向けられていた。
――ああ。
「そうなのか。本当久しぶりだな」
そんな彼女にいつも通りのガウリイ。
シルフィールはふっと一瞬だけ寂しげな笑みになってからあたしを見た。
「よろしければ、今日この町に泊まるのでしたら宿を一緒にしませんか?久しぶりですから現在の近況などをお伺いしたいし」
けれどあたしに話しかける時の笑みはやはり何ごともない、ガウリイへ向けたのとほぼ変わらないもの。
あたしは、ん、と曖昧な笑みで返した。
変わってないんだ、とそんな中からなんとなく察する。
彼女は今でも密やかに、一途にガウリイを想っている。
あたしが彼と出会う前からだろうから、結構な年月だ。
きり、と少しだけ、胸が痛んだ。
前のあたしだったらそんなに気にはしなかった。変な趣味、と評したことすらある。そんな彼女に。
けれど今はその笑みが痛い。
知っているから。気づいたから。
リアルにその彼女らの持つ静かな激しさを誰でもなく自分も。
――今まで、一緒に旅をしてきて、ガウリイに惚れる女、と言うのは結構多かったりする。
黙っていれば美形なわけだし。少しだけ話したところで、彼の誰にでも優しい面が垣間見られるだけできっと彼の脳みそのなさにまでは気付かないからだろう。
そういうみかけにだまされた女達がよくガウリイに言い寄る。
積極的に自分をアピールする。そうして彼しか見えなかった視界にあたしが入りだすと、何よあなたガウリイのなんなのよと息巻いてあたしにつっかかりだすのだ。
ガウリイが自分になびく様子がないのはあたしのせいだ、と思うからだろう。実際ある意味それは正解だけれど大きく間違っている。
目を離すと何しでかしてるかわからないから。何度かあたしはそう、彼に言われたことがある。
彼はあたしを監視してるあまり他が見えてないだけなのだ。興味がないとも言える。
自称保護者として。
けどそれをあたし自身が言うのもあれだから、ただの旅の連れよ別に気にしなくていいからと彼女らには冷たく言い放つ。
あまりにうるさい場合はどつき倒すけど。
そう。そう言う女なら全然問題ない。胸の大きさとかすらっとした背丈とかわざとあたしに見せつけるような真似をしなければ腹は立たないし興味もあたしにはないのだ。
もっともこれは、ガウリイがそう言った女を見てないことを知ってるからかもしれない。
でも、ともかく、そう言った女相手なら大丈夫。
大丈夫じゃないのは――とても控え目に一途に想って、それだけにとどまっているひと。
先日ちょっとしたしごとを受けたことがあった。
ストーカーまがいの男から逃げたいんでとある町まで連れ出して欲しいとかそんな依頼だった。
そのお嬢さん――と言ってもあたしより少し年上だろうけど――は、あきらかにガウリイに好意を持ち出した。
ああ、またか、と思っただけ。なんか難癖つけられたらまた言い返さなきゃなと思っていたのだけど。
彼女は違って、あたしへの態度も好意的で。
そして、ただ彼への視線で感情を表に出してるだけだった。
「リナさんが羨ましいわ」
リナさんには勝てないもの、と彼女は依頼が終わったあと、それこそ寂しげな笑みを浮かべてあたしに言った。
あたしはその、軽い調子でもなく、冗談のようでもなく。
ただ真面目に、ひたむきな様子で、口調で言われ何も言うことも動くこともできなかった。
彼女はすごく大人だ。
そして短い期間だったとしても、本気だったのだと感じた。
シルフィールも似たタイプである。いや、会った順を考えればその彼女がシルフィールに似たタイプなのだと言った方が正解だけど。
ただひたむきに想ってる。
行動には出さない。
前のあたしならうじうじしてる、と解釈したかもしれない。でもそういうのとは若干異なるのだ彼女らは。
そして寂しげに、かつ羨望のまなざしであたしに好意的に接してくる。
優越感――。
もし、あたしがガウリイの、恋人ならば。そう言った関係ならば。もしかしたら持てたのかもしれない。
嫌な女にならない程度に自重しつつも。
けど、違う。全く違うのだ。
ガウリイは出会った頃のまま。あたしに対する言動、行動なにひとつ変わらない。自称保護者なのだから。
相棒として戦いで背中を預けているから。確かに彼にとって周りの中ではもしかしたら一番近い存在になれてるかもしれない。
けれどそれに伴う感情は別のものだ。
――あたしは、知っている。
あたしだって、そんな彼女達と実際は立場は同じなのだ。
認めたくない。認めたくないけど、嫌でも知ってる。自分の感情。
だから、困る。
そのひたむきさ。あたしも持ってるかもしれないが、そんな風には誰かにわかるような表現は出せない一途さ。
あたしを誤解して羨望でみるその控え目さ。
「リナさん、ミルクはいかがですか?お砂糖はなくていいんですよね」
食後の香茶をあたし達の席に並べるとすぐにさらりと彼女はミルクの入った器を手に取り、あたしに訊く。
「…あ。ありがと、もらうわ」
「ガウリイ様はお砂糖の方が多めですよね」
「ああ」
さりげないこまやかさ。そしてガウリイだけじゃなくてあたしの好みまでちゃんと見てる。
もちろん、一緒に旅をしていたこともあるのだから知っていてもおかしくはないんだけど。
そんな、さりげないとこをきちんと彼女は覚えて行動する。
偉いなあ、と思う。
いや、正直彼女、美人だし、おしとやかだし。
あたしが男だったら絶対彼女に惚れる。それは初めてあった時から思う。
まあ、それなりにいい性格はしてるが、でも問題ないくらい彼女は魅力的だと思う。
ちらり、とあたしは隣に座っている男をじと目で見る。
なんでわざわざこの男なんだか。
そしてなんでこの男は、そんな彼女に振り向かなかった――振り向いてないのか。
そりゃ、振り向いてたら嫌なんだけど。ひとのことも言えないんだけど。
でも、なんか、こう、むかむかする。
シルフィールにではなくてガウリイに。
「どうした?リナ、変な顔になってるぞ」
「…別に。てかだからそーゆー言い方どーかと思うんだけど」
あたし達のそんなやりとりに小さく笑うシルフィール。
「変わりませんわね、お二人とも」
安心したような口調。
それは仲間としてなのか。それとも。
ここは持ってくるのも片付けるのも食堂すべてセルフサービス、ということで皿の量が量なんで力仕事ってことでガウリイにまかせる。
手伝います、というシルフィールに、いいからいいからとあたしは制した。
彼女はこまめに厨房入り口とここを行き来して、食べる前料理を運ぶのに活躍してくれたわけだし。あたしたちももちろん動いたのだが、ダントツに。
ガウリイもそれに文句は言わなかった。
「いいんでしょうか、ガウリイさま一人に」
「行きよりは料理乗ってない分軽いわけだし。少しはあの体力役立てないとあいつはさ。最近傭兵としての自覚なくなってきてるし、なまるわよ」
少しは落ち着いて香茶飲んだら?と苦笑してあたしは言う。
はい、とそれに素直に彼女はカップに口付ける。
「シルフィールも、変わってないわよね、そーゆーところ」
「そう、ですか?」
少し恥らうように彼女は笑む。
あたしには真似できない女っぽさ。
いや、真似したいのか言われたらそれはなんか違うんだけど。
でも、やっぱし。もったいないなあ、と思う。
美少女たるあたしよりずっと。
「でも、本当は変わらなきゃいけませんよね、もっと積極的に動かないと、と思ってるんですけれど」
将来のためには、とい言われて一瞬なんとなく、とき、としたのだけれど神官の資格をとるためにもと言葉を続けられて、ああ、と納得する。
「今のまんまで充分よ。それに、あなたなら白魔術長けてるわけだし」
「けれど応用にはまだまだ不勉強なところ多くて」
そういうところだけはリナさん見習ってるんですよ、と言う。
だけって、と顔をひきつらせながらあたしは飲みきった香茶のはいったカップから視線を彼女に移動させる。
冗談ぽい口調。実際半分はそうだろう。
でも彼女の瞳は、あたしが何もいえなくなるまなざしだった。
「リナさんは、いつでも前へと向いてらっしゃるから」
――それだけではないような、胸が痛くなるような、感情が見えるもの。
さっきのあたしが彼女へ抱いたものともしかしたら近いのかもしれないけれど。
リナ見習うのはやめたほうがいいぞ、と話が聞こえたらしくこちらに戻ってきながらガウリイがのほほんとして言う。
何も知らない、考えてない、いろんなこと、気づいてない男。
どーゆー意味よ、とあたしは隠し持ってたスリッパでガウリイをはたいた。
おろおろするシルフィールに、顔しかめて殴ったとこ押さえるガウリイ。
「…なんであんたなんだろ」
上辺だけいつもどーりの表情のままに、あたしは誰にも聞こえない程度のつぶやきを舌に乗せる。
たぶんこの一途さによるあたしの痛みも彼女の痛みも、そして喜びも。
すべて、この男にしかどうにもできない理不尽さに腹を立てながら複雑な気持ちでため息をついた。