Short Story(not SFC)-短い話-

陽射しを浴びる花氷



「………」

 

あつい。

身体がめちゃくちゃにだるい。

力が入らない。

ひからびるような感覚。

手足を動かしたいと思うのにそれは動作にと結びついてくれない。

ゆっくりと、重いまぶたを無理矢理に開ける。

ぼやけながらも見えるそれは、天井。

 

「……?」

どこの天井なのか昨日の記憶を思い出そうとするけれど、それすら形になってくれない。

視界だけがきちんと形になった。

 

首を横にひねってあたりを見る力にすら乏しくて。

せめて必死に思考をまとめる。

―――確かあたしは――――

 

「リナ。気付いたの?」

扉の音ともにそう聞こえる知っている声。

誰でもなく、旅の仲間であるアメリア。

あたしの傍に来る。

 

あ、と声を出そうとするけれど口の中は乾いていて声を出すこともできてなかった。

「気がついたなら水を飲んだほうがいいわ。熱には水分の補給が不可欠だから」

そう言い、彼女はこぼさないようにあたしにカップの水を飲ませた。

―――熱?

 

「あた、し。どうし、て」

水を飲んで少しだけ出てきた声で訊ねる。ひどい声。痛い。鼻にもきている。

喉が体中のどこよりも熱を帯びている気がする。熱いなんてもんじゃない。灼けてるのが水を飲んだときの痛みとかでわかる。

するとアメリアは眉をしかめてあたしを見る。

「もしかして自覚なかったの?風邪に喉をやられて、そのおかげであっという間に高い熱でダウン」

そう言われてみれば昨日の記憶も少しだけ整理されて思い出せる。

 

昨日は喉の調子がなんとなくおかしいな、と思っていたらあっという間に寒さを感じて。そして―――

……早く宿を決めて休もう、と街中を歩いていたところで記憶が途切れている。

と言う事は宿屋の部屋なのだろう。

 

「このあたりで今流行っている風邪が即効性なんですって。その分早く治るらしいけれど」

アメリアがあたしの額に手を触れ、更に眉をしかめる。

やっぱり風邪だったんだ、とぼんやりと思う。

さっきの「自覚なかったの」の問いに「気付いていたわよ」と反論したいものの声にする気力もなければ喉の痛みに抗ってまで言うこともできなかった。

よりにも寄って、喉。

魔法を紡ぐことすらままならない。いやこの身体を動かすこともできない高い熱じゃ元々無理だろうけれど。

 

「びっくりしたわよ。リナでも風邪ひくんだなあって」

どう言う意味アメリア。

これも頭の中では思うのだけれど言葉にはならない。

睨むにも目は熱で潤む。

「本当は風邪が移りそうもないってことでガウリイさんが看病した方がいいかな、とも思ったんだけど。

一応、女の子の看病だし、ってことで断ったのよ」

待て。ひどい言い様すぎないかそれ。

でも、とあたしがツッコミが出来ないままアメリアは言葉を続ける。

「心配してるわよ。宿に担ぎこんだときも動転してたし。まあゼルガディスさんもそれなりに。

リナ、多少具合が悪い程度じゃあ表に出そうとしないから尚更ね」

「………」

 

これに対しては反論はできなかった。

宿を決めて、盗賊いぢめには今日は行かずに食べるもの食べてゆっくり寝れば治るだろうから別に言うほどのことじゃない、と思っていたのは事実だ。

甘く見ていた。

 

「……ん」

ごめん、と呟いたつもりなのだけれどやはりきちんとした声にはならなかった。

声の代わりに感じるのは更なる喉の痛みと熱。

それを見たアメリアは微かに笑む。

「とりあえず眠って早く治してね。疲労から、というのもあるみたいだから。

何か喉の通りがいい食べ物買ってくるわ。もし何かあったらここにある鈴でも振って呼んで。

わたしでなくてもガウリイさんが隣の部屋で気付くはずだから」

そう言って頭の傍に鈴を置いていく。

 

水分を手に入れたおかげか、暑いものの目を覚ます前の渇いたものが消え、またうつらうつらと意識が遠のく。

多分深くは眠れない。

ああはアメリアは言っていたけれど、睡眠時間はきっと今がどのくらいの時間かは把握できていないけれど足りている。

眠気は熱のせいでしかない。

とろとろとしていると遠くで声が聞こえる。

よく聞きなれた声。きちんとは聞こえないものの、大丈夫だったか、とか今は、とか聞こえる。

優しい声。それに、何やら言う別の声。その声もけしてきつい声じゃない。柔らかさを帯びた声。

聞こえてくるその微かな声達になんだか安心する。

こんな感覚今までなかった、と、まどろみながら思う。

 

 

高い熱を出して宿で寝こんだことなんて前にだってあった。

これだけ旅を長く続けていればこれが初めてだったわけじゃない。

 

ただ前はもっと早く自分で対処できた。

途中で倒れるなんて一人旅には致命的過ぎるから気を使ってた。

そう言う意味では今回はうかつ。即効性だ、と言うのは言い訳でしかない。

けれども――――

 

あの頃は眠っていたくなかった。

風邪を治すためとは言えひとり宿の部屋に篭って眠っていたいとは思えなかった。

同じように体中が熱で渇いても―――動けなくても。

水を持ってきてくれる人はいない。

だから眠って動けなくなりたくなかった。

それは悲観するわけでもなんでもなく、自分が望んでたことだった。

一人旅の気楽さ。

それを楽しんでいたんだからそれによるデメリットに負けないと思った。

そのせいかまどろみながらもその世界は凍っていた。

凍り付いて、潤うことも知らず。

身体は熱いのに、ぼんやり眺める部屋の空気は夏だと言うのに冷えていた。

あのアンバランスさを、あたしは憶えている。

 

その時のアンバランスさは今はない。

このまま眠ってしまいたいと想えた。

また水分を欲してひからびるまで熱に溺れて。

そして柔らかい感覚を求める。

 

からん。

 

 

次に目を開けると熱い部屋の空気の中冷たい空気が流れていた。

けれどそのつめたさは前感じたアンバランスとは違うもの。

「……?」

余力で首を少しだけ横にひねって見れば離れたテーブルの上に何かが置いてあるのが見えた。

――――花?

「リナ」

ふと気付けば傍にガウリイの姿。

あ、れ?

「どうだ?具合は」

「……の」

「ん?」

「なん…で、呼んでもなうのに」

必死に喉の痛みも鼻声も無視して思わず言う。

 

女の子の看病だからとガウリイには断ったとアメリアは言っていた。そりゃあ呼べば来るんだろうけれどあたしは呼んでない。

「え?だって呼んだだろ?」

不思議そうに枕もとの鈴を指す。

 

ああ。

そういえば眠っている間に音がした気がする。

もしかしたら寝相か何かで鳴らしてしまったのかもしれない。

そう言われると自信はないかもしれない。

 

「でもおまえさん眠ってるみたいだし戻ろうかと思ったんだけどな。

けどいくらなんでもこの部屋熱くないか?いくら汗かいた方がいいったって限度にもよるだろ?空気も良くないし」

風で冷えたらまずい、とアメリアが窓を閉め切っていたせいもあるかもしれない。けれどもこの季節じゃあ確かにそれはある。熱がある身としてはどちらにしても暑いけど。

ガウリイが少しだけ窓を開けた。新しい空気が入る。気持ちいい。

「あと、なんかゼルが珍しいものもらってきたみたいだから置いておくぞ。この部屋の気温調節にはちょうどよさそうだし」

そう言ってガウリイはテーブルの上のものを指す。

「……なに?それ……?」

「はなごおり、って言うらしいぞ。この地方ではこの時期涼み目的にあちこちに置くんだと」

―――それは氷の柱で、透明な氷の中に花が閉じ込められていた。

つめたい流れはそれからだった。

 

「あらガウリイさん。リナに何かあったの?」

戻ってきたらしいアメリアが言う。りんごやらなにやらを抱えてる。

「ああ。この部屋暑過ぎないか、って。窓少し開けたぞ」

「あ。風の入れ換えはしなきゃなと思ってたのよね。ただ開けると問題があるからしてなかったんだけど」

問題?

と思っていると眩しい光を感じた。窓から。

雲で隠れていた太陽が顔を覗かせたよう。

 

「ここの窓カーテンないでしょう?今の時間部屋に陽射しが入りすぎちゃうのよ。

ガウリイさんが持ってきたそれも溶けやすくなっちゃうし」

それの存在はもう知っていたらしく花氷を見てアメリアがため息をつく。

花氷はきらきらと輝きながら溶け始めていた。

 

「開けといた方がいい?リナ」

「…閉めて、いい」

苦笑いしてあたしは言った。

 

窓を閉めてもらってからまた水分と、アメリアが持ってきたりんごをすりおろしたものを口にしてからあたしは目を閉じる。

それじゃあまた何かあったら呼んでね、と二人が去る音。

あたしは寝返りをうつように横を向き、テーブルの上をうっすら眺めた。

直射日光にあたらなくなったものの空気の暖かさで、それは少しずつ中の花を表に近づけて。

 

「……溶けそう」

呟いたのは花へのものなのか。自分自身の今の状態か。

熱に負けながらで、自分でもよくわからない。

 

 

暖かさで溶けて、直射日光にけして強くはなくて。

でもその中にいたらいたできらきら輝いて。

不釣合いな空気に水になって流れる。

けれどそれによって何かを失うわけではなくて得るものが多くて。

花を手に取れる。

なんだかそれを心地よく、近く感じて眠りたがった。

 

 

溶けきって、それでも尚渇かずにいられるのはどちら?