Short Story(not SFC)-短い話-
悲願花
目を開けて、初めてみたものは赤と白だった。
起きあがり、横を見るとそこには赤い花が狂おしいほど咲いていてその横にはひとが、横たわっていた。
透き通るような白い肌。赤い髪。それを守るかのように飾られた赤い花。
――――棺なのだ、と気づいたのはいつだったのだろうか。
「おお…ルビア……ルビア……!」
目の前にいた白い服を着た人がわたしを抱きしめてきた。
「私のルビアがよみがえった……!」
――――黄泉還り?
その時のわたしには何の記憶も知識も与えられていなくてその言葉の意味がわからなかったけれども。
彼のぬくもりの意味と、彼が発した言葉が自分の名前なのだということだけはすぐに理解できた。
ルビア。
隣に横たわっていたそのひとに、二度と逢うことはなかった。
それが誰だったのか―――それは彼――ハルシフォム様の教え込む『わたしのすべきこと』を覚えていって。
そして鏡に映る自分を見れば彼に訊く必要が無いほどに――想像は難くなかった。
二度と目覚めることの無い、わたし。
複製人間。
わたしは魔道技術によって生まれた―――コピー。
あれは。オリジナルの―――ルビア。
「ルビア、香茶を入れてくれないか」
「はい」
彼に教わった通りの手順。彼に教わった通りの分量。
彼はこれを望んでた。
「美味しいよ」
とても満足そうに微笑んでくれる。わたしはそう微笑んでくれる彼が好きだった。
わたしのすることに、わたしが話す言葉に、とても嬉しそうに、愛しげに受け止めてくれる彼。
例えそれがもう一人のルビアのしていたことだとしても。わたしが、その代わりだとしても。
構わなかった。たぶんこの想いは、彼女から受け継がれたものではない、別のものだと思った。
そう――――信じることがわたしが生きていく力だった。
彼も、ルビアならこうする、と『わたし』に無理やりな定義を押し付けることはしなかった。ただ教えてくれただけ。
ハルシフォム様は今はわたしを、見てくれている。
愛してくれている。
そう信じていた。
彼はよく研究室にこもっては何かをしていた。
魔道士協会の理事になった彼は、大掛かりな何かをしていた。誰だかが長寿延命の研究と言っていたからそうなのだと―――
その言葉を信じて、自分の任されてる庭の草木の世話をしていた。
ある日香茶を研究室に運ぶと、彼はいつも通りわたしを笑顔で迎えた。
「ありがとう」
「たまには休まないと、身体に毒ですよ」
そう言った時にふと何か違和感を感じた。奥のほうに大きな袋があるのに気づく。それもいくつも―――
研究に使うものなのか。見たことの無いそれがふと、目にとまった。
そのことを問おうとする前に、彼がわたしを優しく抱きしめた。
「…大丈夫だ。おまえが傍にいてくれるなら―――」
「ハルシフォム様?」
「おまえと永遠にいっしょにいられるなら―――」
言葉の意味にも気づかず、問いただすのも忘れわたしは彼の優しい手と目に溶けた。
けれどやはり気になって。
彼には気づかれないように、再度わたしはその日の夜研究室に訪れた。彼はちょうど出かけていた。
黒い袋。
彼に中身を訊けば済むことなのに。わたしの中の何かが、それを拒んでいた。
そうっ、と袋を開けて、わたしは声にならない悲鳴をあげた。
人だった。死んではいない。あたたかい。まだ。眠っている。
「…っ、どうしてこんな……!」
「ルビア」
びくり、としながら後ろを振り向いた。
彼が戻ってきていた。しかも同じ―――黒い袋を抱えて。
「おや、それに気がつきましたか」
なんてことのないように彼は言う。いつもの優しい雰囲気で。
「これは一体…!?ハルシフォム様!?」
少し震える声で訊くわたし。
「大丈夫ですよ。複製人間です。今私はこれを使って実験をしているんですよ」
複製―――人間―――?実験?
わたしと同じ?と口の中でつぶやくとそれに反応していいえ、と答える。
「ルビアはルビアです。こいつらとは違います」
「……。それよりも実験って……!長寿延命の実験にどう……!」
「『永遠』ですよ」
その言葉の意味がわからず、わたしはただ彼を見つめる。
「大切なものを二度と失わないように、『永遠』を手に入れる為です。長寿延命なんてレベルでは『永遠』とは言えない。
『不死』を――――手に入れる為です」
言っている意味を理解するのに時間がかかった。
『不死』の研究―――それじゃあ――――。
「さあ、ルビア、部屋にお戻り。私は研究の続きをするから」
「やめてください……!こんな、非道な……!」
「非道?」
彼はわたしの傍にきて、昼間と同じように優しく撫ぜた。
「よみがえったおまえと『永遠』にいられることの他には、私は何も要らないのだよルビア。
それを非道とするのならあえてその道を選ぼう」
「………!」
声にならなかった。
どうして。違う。これは―――違う。
「……っ、黄泉還ってません……っ」
絞るようにわたしは声を出す。
「ルビア?」
「わたしはっ、ルビアじゃありませんっ……!」
あなたの愛した『ルビア』が還ってきたんじゃない―――。
彼のその言葉で解った。
やはり今も『わたし』をみているんじゃない。わたしの中に『ルビア』を探して、それを理由に彼はわたしを愛する。それを理由に、歪んだ道に走ろうとする。
やめて。
「おまえは、『ルビア』だ。甦った、大切な―――」
「……っ」
彼の手を払いのけて、わたしは外に出た。自分の世話する庭庭に出る。
涙がこぼれた。こみ上げる嗚咽。
泣き崩れて、赤い花の咲くその場所にしゃがみこんだ。赤い花。そう、最初にみた――――『ルビア』の棺を飾っていた―――。
庭にも咲いていた。
わたしは後々、知識を手に入れていた。その花について。通常は葉が出て成長し花が咲くという植物の常識を覆して葉もなくいきなり花が咲くのだと。
その花は艶やかに鮮やかに咲いて―――
「ルビア」
後ろから不意に抱きしめられる。追ってきた、あの人。
「どこにも行くな。おまえがいなくなったら、私は―――」
切なそうに語る彼。
止めたい。
彼を止めたい。
けれど彼を完全にふりほどいて、払うことはわたしにはできない。
彼のしていることが世間に知られれば、彼は更に何かをしでかすかもしれない。例え本当は『わたし』を見てなかったとしても―――
彼をどうにかしたいのに。
何も出来なくて。どうすることもできなくてわたしは、刹那に願った。本当の、もうどこにもいない『ルビア』に。あなたの代わりに、止める方法を教えて、と。
―――目の前の花はわたしとは違う世界で艶やかに咲き乱れていた。