Short Story(not SFC)-短い話-
Going History is Story
――それは、本当に忘れたころに語られた。
「副評議長。お客様が来ておりますが」
そろそろ職務を終えて家に帰ろうかと思った矢先にそう言われてあたしは眉をひそめた。
今日は来客と会う予定はなかったはずだった。取り次いだ秘書に名前を訊けば知らない名前だがとある町の魔道士協会評議長の使いだと言う。
その町なら大昔に行ったことがあるが逆に言うとそれくらいの付き合いしかないはず。
「……今日は評議長もいるんだから、評議長の方に通しておいて。ていうか本来はそれが正しいんだし」
この魔道士協会の副評議長なんて立場に気がついたらなっていた。まあ、ひとつの町にとどまる事を決め、この協会で魔道士としての研究をしながら働くようになってから十年近く経つ。
その功績を認められてのことだけど現実問題は研究の関係でしょっちゅう町を離れる評議長の代理という任務が大きい。
まあ、こちらの生活リズムに合わせてくれるし最終的にめんどいと判断したら評議長にまわせばいいんだから楽な仕事ではあるのだけど。
あたしの言葉に、いえ、と首を振って秘書は答える。
「正確には副評議長として、ではなく。『リナ=インバース』にお会いしたいとのことで」
「―――」
大きなことをしたりごたごたに巻き込まれたりと言ったことが減り最近では珍しいその呼び名にあたしは目をしばたかせた。しばし悩んで。
「じゃあ通して。そんなに時間取れないけど」
言って来客に会うことを決めた。
「あなたが、『リナ=インバース』殿ですか」
中年の魔道士姿の男が挨拶をする。あたしは答える。
「まあ、一応」
言うと、ああ、と思い出したように向こうは言う。
「現在はご結婚されてるそうですな。まあ、こちらの協会では旧姓の方が名が通っておりますから。インバースさんとお呼びさせてください。お会いできて光栄です」
「で。お話というのはなんでしょーか。手身近にお願いしますね。早く帰らないと夕飯の支度がありますから。おなかすかせた家族がうるさいもんで」
形式ばった回りくどい挨拶を制してあたしは訊く。すると男はいくつかの巻物を荷物からだし、あたしに見せる。
「こちらを覚えておいでですか?」
分厚く相当な量なのが見て取れる巻物。まさか全文読めって言うんじゃないだろうなと思いながら巻物を開くと、見覚えのある字がぎっしり並んでいた。
見覚えのある字。―――あたし自身の字である。相当古い。
一部分を読んで、あ、と思う。報告書だった。これは。
「これって、冥王とか覇王との戦いの時の―――」
当時いろいろ終わった後必死にことの次第を書き上げて協会に提出したものである。当然ながら話がでかすぎて信じてもらえなかった記憶。
ぴくり、とあたしの言葉に眉を動かし、どこか嬉しそうに、思い出していただけましたか、と男は言う。
「実はここ近年。あちこちで起こる異変を調査いたしまして。いろいろなことがわかりまして」
魔族の結界がなくなり外との交流が可能になったことが判明。
魔竜王ガーヴの力を借りた呪文が使えないということは滅びたのでは?などなど。
話を聞いて、あたしは内心あきれるというか驚く。今頃そのあたりが一般的に明らかになったというのか。
「いろんな事項が、当時あなたの書いたこの報告書と一致したわけです。現在わが協会の魔道士たち内では真実を求めて大騒ぎとなっておりまして」
この報告書を提出した協会だったわけか。
なるほど、と納得する。
「この内容が正しいとすれば相当な偉業をなしたことになります。まずはご本人にいろんな確認をとりたく伺ったわけです。今更ではありますが、当時は役職にもつかれてない旅の魔道士だったようですし、失礼ですが若かったので正当な評価を受けなかったのではと」
「………」
あたしは巻物の自分の報告書を文字を指でなんとなくなぞりながら読む。
当時は必死に真実を書いてたつもりだった。けれど自分で認識していたよりは若気の至りというかなんというか多少武勇伝ぽく、そして都合の悪いことは一切書いていない。
懐かしいな、と思う。冷静に第三者のごとくその巻物の一部分を読む。
「こちらの報告は、全て事実なのでしょうか?」
確認するように男は言う。あたしは読みながら思い出して、そしてしばし考えて答える。
「この巻物の全て…が正しいかというのは肯きかねます」
町の副評議長のコメントとして言う。その回答が意外だったのかどこか驚いた表情を向こうはする。
「何しろあたしの視点のみの報告書ですから。第三者から見たら異なっている部分があるかもしれませんし、もう十年以上昔のことですから詳細を改めて語れと言われてもこの報告書と違った解釈が出てくると思いますし。申し訳ございませんけど」
ただ、とあたしは巻物を元の形に巻いて言葉を続ける。
「調査と一致している部分に関しましてはそちらの望む方向に捉えていただいて構わないと書いた人間として思います。あとは当時の旅の仲間などに訊いていただいたりして判断を任せます」
言って、当時の仲間の中にセイルーン王族がいることをあたしは伝える。彼女も最近は会えてないが王家でかなり重要な役職についたと前聞いた。
わかりました、といろんなメモを取って男は言う。
「調査を続けさせていただきたいと思います。それでも詳細を改めて伺いにくることも今後あるかと思いますのでよろしくお願いいたします。一部ではもう既に貴女を『魔を滅するもの』と呼ぶ方も出てきてるんですよ」
そう褒めてるのかどうなのか微妙なことを言い頭を下げる彼にあたしは曖昧な表情で返した。
正直忘れていた、というか既に過去の出来事として眠っていた。
目を伏せるわけではない。今のあたしがいるのはあれらの事件があってのことなのだから。けれどあの頃の出来事は決して自慢したいとは思えない。望んで起きた事ではないわけだし。
そしてそれをそう大きく騒がれるのも今更だと思うし望まない。
当時書いた報告書。若干武勇伝的なのは自慢ではなく虚勢だったのだろう、と我ながら感じる。今だからわかる当時の自分の一生懸命な狭さ。
もちろん、事実そのものは何らかの形で残して伝えなければならないかもしれない。
今は平和だけれど、平和になったものだけれど、魔族の存在、脅威、それが思いもしないくらい身近にあったりすることは広く伝わるべきだとは思う。
けれど協会の男が言った最後の言葉は素直に否定したい、というか要らない。確か昔もそんなことを言ったのがいたような気がする。けれどあたしは拒否したい。
事実を伝えるのは構わないがあたしの功績というところを大きく取り上げないでほしい。
若い頃のあたしは、とにかく目立ったことに巻き込まれて巻き込まれて。仕方ないなと思いながらもそれを避けなかった。避けない強さと弱さがあった。狭い強さ。広い弱さ。
それに対して柔軟な態度が取れるようになったときには人の親になったときだった。
成長したなと自分で思った。
それまで思いもしなかったくらい―――自分の作った家族とのなんでもない瞬間がとても大切だと思うようになった。
これからもいろんなものを築いていく。過去の経験を積み重ねて。でも守らなければならないもの、守りたいものを守ることを優先して。だから。
避けることの強さというのも手に入れた。
「……事実なんて、見る人の目が変わったら真実かなんていいきれないものね」
独り言をつぶやいてあたしは帰り道自分のいる町並みを見つめる。
いい町だ。食べ物は豊富だし環境はいろいろ整ってるし。だからこそ落ち着くことを決めたときここにしたんだけど。
もちろんこの町にだってあたしの知らないことがいくつもあるだろう。闇もきっといくらでもあると思う。
けれどあたしの現実と真実は今ここにあるもの。
あの頃出会った仲間達の顔を思い出してそれを現在から懐かしむ。
「―――ただいま」
言ってあたしは金色の髪の家族たちの元に帰る。
夕飯急いで作るからね、と魔道士としてではなく、副評議長としてでもない顔で笑んだ。