Short Story(not SFC)-短い話-

フジノヤマイ



 

「――――医者には、治せないらしい」

困った顔で告げたガウリイの言葉にあたしは絶句した。

 

―――それは先日の彼の珍しすぎる一言から始まった。

「なんか、気分悪い」

あたしは眉を潜めて足を止めた。町で食事を終えた帰り道だったから、先ほどまでの食事の内容を思い出す。

さすがにあたしも食べてたし、普通の居酒屋食堂だったし毒が混ぜられてたとは思わないが、食中りの可能性とかは考える。

「何食べてたっけ。―――あ。悪い酒とかに手出したっけ?」

あたしが口にしてなくて彼が口にしてそうなものを挙げてみる。けれど首を横に振る。

「そういうんじゃないと思うが…すまん。大丈夫だ」

あたしの側にいるしごと対象者を気にしてかそんな風にごまかす。

しごとの最中の不調―――というのは当然依頼側から見れば不信を買いマイナスになる。ただの念のためな護衛だけど。

あたしはしばし考えてから、なんてことないようにガウリイに――――そしてそれを聞いているひとを納得させるために言う。

「まあ、今日早く寝てもらって。明日様子を見ましょ。別に命狙われてるわけじゃないから、寝ても大丈夫だろうし」

 

で、翌日。

ガウリイの調子は度々おかしくなって、仕事が終わったと同時に、あたしは宿に医者を呼びつけて看てもらった。

診療所に連れていきたかったのだが頑なにガウリイが嫌がったので逆に来てもらったのだ。

で、あたしは自室で待つように言われ、診断が終わって彼の部屋に行って―――今に至る。

 

「っていうか医者としては異常ないってことになるらしい」

「異常ない…って」

先日からの彼の様子を思い出す。苦しむ姿。胸をたまに押さえて。

あれが異常でないと言うならなんだと言うのか。

 

「まあ、もう大丈夫だと思うし、心配しなくていいぞ」

なだめるようにあたしの頭を撫でる彼。それを鵜呑みにできるほどあたしはバカじゃない。何言ってんの、とそれをはねのける。

うやむやにしていい問題じゃない。

 

「他の医者にみてもらった方がいいわよ」

「いや、でもなあ」

「魔法医とか別の視点でもう一度確認すべき。…あ、医者として異常ないっていうなら普通の医者にはわからない―――呪いかも」

まくしたてるあたしに困った顔をするガウリイ。何自分のことなのにそんな顔するんだか。

 

「…精神的なものだろうって言ってたんだ」

言いたくないけど仕方ないようにと言った感じでため息混じりで彼が告げて、もう一度あたしは絶句する。は?

「具合が悪くなる原因が自分の心の中にあるんだろうって。だから原因と戦え、誰にも治せない―――そう言われた」

「……」

なんと言えばいいのかわからずあたしは黙りこむ。

 

――――精神的なもの。

つまりはストレスってことだけど。この何も考えてない男が?

 

あたしは彼の顔色を伺う。

言いたがらなかったのはもしかしてその原因はあたしに―――

こちらの不安をよそに彼はげんなりとして言う。

「意味がわからん。どういうことだ?」

わかってないんかい。だから言いたがらなかったのか。多少脱力する。

まあこの男にそんな精神的な云々とか心身の機微が詳しく理解できてても意外すぎるけど。

 

けれど、考える。

もしそれが本当なら――――原因は?

最近急激に彼にかかった負荷。あたしには覚えがない。あたしが何かしたかということも含めて。だからもっと他の―――

 

「――――今回のしごと辛かった?依頼人がダメなタイプだったとか」

ただの人の良さそうな魔道士のにーちゃんだったけど。何が気に障るかなんて人それぞれだし。

いきなりの質問に戸惑ったような顔をする。これは図星か?

 

「…お前さんはどうなんだ?」

けれどそれに答えず逆に訊いてくる。いや。あたしが訊いてるんだっての。

けどまあ、とりあえずあたしは答えてあげる。

「いや、あたしは、まあ。腹立つよーなこと言うひとじゃなかったし、だからといって裏があるようにも感じなかったし…特にはどうとも」

たかが数日のつきあいである。よっぽど印象に残る人間でない限りは―――っていうか昔からアレな人たちとばっかし関わってたせいかどうしてもキャラが薄いというか。

 

「あえていうならいいひと、よね」

無難な回答をしてみる。一応かなりいい報酬くれたし。

「そうなのか」

「で、あんたは―――」

 

どうなのよ、と言おうとしてことばを止める。

ガウリイが胸を押さえたからである。

「ガウリイ?」

「……」

苦しそうな表情を再びする。

 

ストレス。やっぱり―――原因は彼だったのか。

彼の話題をするのもイヤってことなのか。

そこまでガウリイが毛嫌いするってすごい珍しいけど少し安心した。それが原因ならもう会うこともないだろうし、これからには支障がない。

 

「ごめん。もうこの話はなしね」

ぱたぱた手を振り帰ることを促すあたしの手をガウリイは座ったまま、手をのばしてつかんできた。

「……オレ、これからどうしたらいいんだと思う」

「……いや、そー言われても…もう大丈夫じゃない」

言われて困るあたし。だってそれならもう治るだろうし。

 

本当に治るのか、と彼は言う。

「でも今もリナ見てると胸が痛かったり、お前さんが誰かと笑ってるの見ると苦しくなったり」

「――――え」

「最近増えてたけど、今回のしごとのときいつもよりきつくて。…結構前からだけど前より悪化してる気がする。これ治るのかな」

「ちょ――――ちょっと待った」

苦しいあまり一気に一生懸命伝えようとまくしたてるガウリイにあたしは待ったをかける。

いや。本当ちょっと待った。え。

 

今言った予想外な言葉をあたしはゆっくりと反復して彼に確認する。

息をのみこみながら。

 

「……あたし見てて、痛いの?」

「…ああ」

「結構前からなの?…誰かとあたしが笑ってるのが駄目なの?」

「…ああ」

「……あたしが、誰かと―――どっかの男の側にいるのが辛いの?」

「……ああ」

あたしの質問攻めにたじろぎながらも答えるガウリイ。

「今回のあいつとか…リナと話合ってただろ。オレがわかんない話で」

 

確かに魔道士同士ということでわりと会話は弾んだ。けどガウリイが話についてけないで蚊帳の外なんていつものことだし相手が誰でも。

「…でも他にも、お前さん見ただけで痛くなったりもあるんだ。新しい今の服着て見せてくれたときとか、お前さんと目が合ったときとか。…おかしいよな、リナが悪いんじゃないのに。どうしたらいいんだ」

「……いや。あの。あんた」

本気で言ってんのか。そう思うけどどう見てもガウリイの顔は真剣そのもの。

思わずあたしはその場にしゃがみこんで、顔に手をやり座っているガウリイに対していつもの通りの身長差で彼を見る。

 

ようやくわかった。医者が治せないって言ったわけ。精神的理由。ちょっと待った。何故おまい自分でわかってない。

 

「どうしたリナ、顔が赤いぞ。お前さんもどっか悪いんじゃないのか」

真剣に心配する声出すガウリイ。さっきから本当真剣。いつもひょうひょうとして何考えてるかわかんないそぶりなくせに、今回に限って自分の病状とあたしを心配する。いや、本当に病気なら心配すべきところは間違っちゃいないんだけど。

あたしと出会う前にそーゆー症状になったことないとか言う気かこの男。それとも自覚なさすぎて、それはありえないとでも律してるのか。自称保護者め。

心が、ものすごくふるえてる。

 

「…あのさ、ガウリイ」

意を決してあたしは言う。顔を上げる。

医者が言ったらしい言葉。自分で原因と戦え。

それが正解だと思う。ガウリイが頑張るべき。それが原因なら。

なんで――――あたしから、頑張ってあげなきゃならないのか。

こちらの気も知らないで。

でもものすごいバカだから助け船を出してやるしかないじゃないか。甘いかもしれないけど。ああああ。

 

「あんた、あたしに惚れてるでしょ」

ため息まじりに言うとガウリイが驚いた顔をした。

「そうなのか!?」

その驚いた顔が、本気で自覚してなかったしありえないと言ってるみたいでムカつく。

オイ。そこまで症状出しといて。

 

「だから、辛いんじゃないの?あたしが他の男といたりすると」

「…あー…。あー!あーあー」

言われてしばし考え込んで、やっとその考えに思い当たったようにあーあー大声で納得する彼。遅いわああああ!

気づいたとたん照れたように頬をかきだす。

「……そっか。そーなのか」

「そーなんじゃない」

呆れて投げやりにそう返す。どうしようこの男。

 

ガウリイが再びあたしの手をつかむ。

それに一瞬さっきガウリイがいったよーな症状に陥るけどその感覚を自制する。

ガウリイを見れば再び真剣な表情であたしを見つめていた。

「……そしたら、つまり。どうしたら治るんだ?」

「……」

 

あたしの答えを待つガウリイ。

もちろんその問いには別の問いも混じっている。

この流れでそういうことあたしに求めるか。そこまで。

 

「治んないんじゃない?」

冷たくあたしが言うと悲しそうな顔をする。

そういう顔する前に言うこととかやることないのかあんたは。

 

立ち上がって、もう一度ため息ついてあたしは言う。

あくまで冷静かつ強気に。

「いっくらあたしに惚れてても、あんたが何も言わない自称保護者でいる気なら治るわけないし」

「――――」

「そもそも、それって――――」

言ってる途中でガウリイが立ち上がり、いきなしわしっとあたしに抱きついた。

「ちょっ」

耳元でささやく。短い言葉。

いきなし何すると殴ってやろうか思ったのにその瞬間力が思わず抜けた。

あっさりすぎて抜けてしまった。

 

しばしの沈黙。抱きしめられたままどちらも何も言わない。

その沈黙を破ったのはガウリイだった。

 

「……言ったけどやっぱし痛いぞ」

「……」

「心臓が痛いくらいうるさいし、苦しい。治らん」

「…そりゃそうでしょ」

ちょっとだけ感情が高ぶりそうになるのを頑張って抑えてあたしは言う。

「……たぶん、あたしがあんたの気持ちに応えようが応えまいがそれ治んないわよ」

「え」

「そんだけ想いが強く激しくなっちゃったってことだから。何きっかけか知らないけど」

あたしはそれを知っている。

ああ。もう。たった一言で心臓痛い。惚れられてるってわかっただけなら大丈夫だったのに。

こちらが長いこと戦ってるその病に簡単にかかるなバカ。本当バカ。

いや今かかったんじゃないかもしれないけど簡単に音を上げないでいただきたい。

 

医者は言った。原因と戦え。

誰にも治せない。その通り。

 

あたしは彼の背中に手を回す。

「…あたしみたいに抑え込んで適度に出すようにコントロールすれば。治んないならそれしかないでしょ」

「……リナ」

「こっちは何年もそうしてんのよあんた相手に」

 

最後の抵抗みたいに投げやりに言ったその言葉があたしの答えだとちゃんとわかったみたいで更に彼はあたしを抱きしめる。

頭に彼の唇が触れた感覚がした。

 

「…やっぱり痛いし苦しい」

ガウリイが言う。ささやくように。

「けど、おかしいけど、でもなんか嬉しいな、今は」

「馬鹿」

 

そう言ったものの、ガウリイのその言葉がやっぱり痛いくらい理解できて、泣きそうになった。

―――治せない病をお互いが支えあい戦うことをその時あたし達は誓い合った。