Short Story(SFC)-短い話-
Family Name(zel×Lina copy ver.)
「一部屋で、よろしいですね」
「え?」
宿の人が当たり前の様にそう言うのにあたし――レナ、はびっくりした。
リナ達と別れて、一人旅をしていた時のこと。
ある日、偶然―――ゼルガディスと、とある街で再開した。
その偶然にあたしは嬉しくて。折角だから同じ宿をとろう、とゼルに言い宿屋に入って手続きをしていた時の事だった。
「あ、いえ、二部屋です。別々で」
あたしは慌ててそう言う。
ふと、自分が宿帳に書いた文字を見て、宿屋の人の言った意味に気づいた。
ちらりと後ろを見るとゼルは不可思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
しまった、とあたしは思う。
無意識に慣れてしまっていた。本当は慣れてしまっては、いけないのに。
そんなあたし達にやはり宿の人も不思議そうに見ていた。
「…さっきのは、どういうことだ?」
食事のときに、席についたあたしに、向かいに座ったゼルが言う。
その声は責めているものではなく、純粋に疑問の声で、あたしは少しほっとした。
訊かれるだろうとは予想はしていたから。
「兄妹だと思ったわけじゃあないだろう。よっぽど俺達が似てたのならそう思って一部屋、と判断されても仕方ない。
が、この容姿じゃ誰も思わないだろう」
自分の白いマントで肌を隠した状態を彼は自身で見て言う。
「なのに当たり前のように一部屋と、向こうは言ってきた」
「――――ごめん」
あたしは先に謝る。説明する前に。
思わず下を向く。彼の顔を見るのが怖くて。
「―――何故、謝る?」
「……勝手に、使ってたから。今まで。ついいつもと同じ様に書いちゃったのよ。
だから、そのせい」
話が見えない、と言った顔をするゼル。
意を決してあたしは言葉を紡いだ。
「宿帳に『レナ=グレイワーズ』と書いていたの。貴方の、苗字で。同じ苗字だから、きっと誤解したんだと思う」
しばし、の沈黙。
食堂のわいわいとした声が、耳に響く。
「……何故?」
そのゼルが発した言葉も、先ほどと同じく疑問の声だった。
少しだけ、優しい声に聞こえたのは、あたしの勝手な判断だろうか。
あたしは曖昧に笑って答えた。なるたけ重くならないように。
「だって、名乗れる名前がなかったから」
「……リナの苗字があるだろう。『インバース』が」
当たり前のように、予想していた言葉を発する彼。
「―――名乗れないわ。だって――」
顔を上げた。不思議そうな顔をするゼルの姿を見て。
「リナの『家族』はあたしを知らないし、認めてくれていないもの。
苗字は――家族一まとめを表す名前でしょう?」
例えばオリジナルのリナがあたしの存在を認めてくれても。
けれどそれだけではあたしは彼女の『家族』にはなれない―――。
あたしは『インバース』を名乗れない。
彼女の『家族』に会って認めてもらわない限り。
でもきっと認めてなんてくれない。
あたしはそこで産まれたわけでも、育てられたわけでもなく、後から加わった者だから。
それに、唯一の繋がりのリナ、と一緒に旅をしていたこともないし。できないし。
意識的に、これから旅をする上でもゼフィーリアだけは背けていた。
存在を否定されるのが怖くて。
「だからと言ってオリジナルの苗字なんて思いつかないし。
『名付け親』のゼルの名前しか思いつかなかったの。苗字を強いられるのは宿屋で名前を書くときだけだったし」
そう。
あたしの名前をつけてくれたのはゼルだった。
「あんたはこれからどうするんだ?…ええと――」
「……」
オリジナルのリナ、が目の前にいる以上リナ、とは呼べなかったのだろう。
どもる彼にあたしは言った。
「…簡単でいいから、あたしの名前をつけてくれる?」
そう願うと驚いた顔をして彼は考えた顔をする。
「……レナ」
「え?」
「レナ、はどうだ」
「うわ本当に簡単」
「この場ですぐに気の利いた名前が思いつくか。文句があるなら自分で考えろ」
憮然として言うあたしの隣から動かなかった彼に、冗談よ、とあたしは笑って言った。
笑ったのは久しぶりかもしれない。
「いいわ、それで。呼びやすそうだし」
そう言ってあたしはちらり、とリナと、その近くに駆け寄ったガウリイ、アメリアの3人の方を見た。
リナと似た名前だけれど、響きは全く違う名前。
「今度からあたしの事はレナって、呼んで」
その3人にも聞こえる声で、あたしは言った。
嬉しかった。
どんなに単純でも。
つけてくれた、名前。
けれども。
産まれたときから付くべき方の苗字は、無い。
本当は作り出したものの名前を名乗らなければいけないのなら―――
レナ=メタリオムになるのかもしれない。
けれどそれだけは、御免。
魔族を、自分の創造主を反したあたし。
反したから。そんな繋がりはあたしの中に残さない。
だからその考えはすぐに無に帰した。
そこには何も無かったとしても。
「ごめん」
もう一度あたしは謝る。
彼からしたら、リナの苗字を名乗れないのと同じ様に自分の苗字も理屈としては名乗れないだろう、と思うだろうし。
ゼルの『家族』を、あたしは知らない。向こうもあたしの事は知らない。
本当はこっちも名乗ってはいけないのに。
でもあたしはどちらかを名乗るのなら、ゼルの苗字を名乗りたかった。短い時間だったとしても、一緒に旅をしていた、
彼の名前を。
「レナ」と言う名前を誕生させてくれた彼の苗字を。
「別に謝る必要はない」
ため息をついた様にゼルは言った。
「おまえがそうしたいならそれでいい。どうせ俺の方には名乗りを認めるか確認しなきゃならない人間はもういない」
それは別に怒る口調でも哀しむ口調でもなく、当たり前のことを言うような口調。
「下手な名前を名乗るよりましだしな。アメリアの苗字を名乗った日には止めるが」
「……あたしでもさすがに王族の名前名乗る馬鹿はしないわよ」
そしてガウリイの苗字も―――。
きっと、名乗れるのは彼以外、ただ一人だから。
彼の『家族』になれるのは。
それもあって、あの二人の名前を使おうと思ったことは、一緒に旅をしていた仲間だとしても一度もない。
それは言葉にはしないけれど。
「ただ俺が昔いろいろあちこちの街でやっていたりするから、それに対しての迷惑を被る可能性もあるぞ」
「別にいい」
あたしが即答すると彼は少し驚いたような顔であたしを見た。
「ゼルの『家族』になれるなら、それくらいいい。別に。名乗らせてくれるなら」
あたしが嬉しくて微笑むと、苦笑いして彼は、後悔しても知らないからな、と言った。
これから一緒に旅をしていく、わけじゃあない。いっしょにいられるわけじゃあない。
けれどもあたしは彼から、彼が許してくれたことで、一人でいても生きていけるだけの力を与えられた。
『苗字』という絆を。
離れてても、彼に繋がる何かを。
彼にとっては大した事なかったかもしれなくても、それでも。
その想いは―――あたしに、歩かせる力を持たせた。
ゼフィーリアに――避けていたリナの郷里に近づいても向き合える自分がその後に、いた。