20 Topic for Slayers secondary creations 
-スレイヤーズ2次創作のための20のお題-

19.大丈夫


それは多分、彼があたしに投げかけた一番多いことばだった。

最初に出会った頃から彼がよく口にしていたことば。


 

「リナ、だいじょうぶだったか?」


 

本当に心配そうに。

優しい瞳で。

 

『自称保護者』だと彼は名乗った。

あたしは、保護者が必要なほど子供なつもりはないけれど。

彼がそう名乗りたがっているのと、彼が傍にいるのがここちよい、と感じてしまって否定しなかった。

 

その感覚がなんなのか。

はっきりとは自分でもわからない。

彼の語る、保護者―――例えば父親に対する感情に近いのかもしれない、と思うことがあった。

そういうのではない、と思うことの方が多かったけれど。

そう―――あの時の様に。




 

 

あたし達は二人で旅をしていた。

目的は、あるようなないような。

街道を歩いていたらぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。

あ、と思って気付いたときには本降り。

マントで避けながら、街道わきの大樹の下に二人で逃げこんだ。

 

「うっあー……いきなりだし。この辺雨宿りできそうな家見当たらないのに……」

頭に手をやり、ぎゅっと軽く髪のひとふさを握って、吸った水気を取る。

「濡れたか?」

「ばっちし頭だけ。…あなたの方が濡れてるじゃない、服まで」

「でもすぐ乾く程度だから」

そう言って自分のことは構わず大きな腕をあたしに伸ばす。

「ああ、お前さん大分濡れたな。このままじゃ風邪ひいちまう」

湿った髪に触れて、切なそうな声であたしを見て言う。

その声と表情にときり、と心臓がはねた。

「大丈夫――か?」

 

彼にとっては子供が風邪を惹くんじゃないかと心配する、それだけのことばなはずなのに。

どうして心臓がうるさくなるのか。

 

こくり、とあたしは黙ってうなづく。

そのことばを口にしてそのまま返すことなんて、何故かできなかった。

「次の宿で―――温まってゆっくりしましょう。あたしもそうだれど、これで油断してあなたも風邪惹く場合だってなくはないんだから」

「―――そうだな」

 

 

一番多いことば。

そして同時に―――よくわからない感情が溢れ出すことば。

 

 

きっと彼のそのことばに心配の感情だけではないものを感じたような気がしたから。

優しすぎる声。そしてその瞳はどこか切なくて―――

愛しそうな。

 

気のせいかもしれない、気のせいかもしれない、と自分に言い聞かせる。

もし違っていたとき、きっとあたしは歩けなくなる、と思って。

 

 

そう思ってた時点で自分のよくわからない感情の正体なんて本当は気付いていた。

でもそれを受けいれるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

彼のそのことばが、あたしが想像していたものではない時のことを危惧してじゃない。

逆。

あたしが、彼のことばを受け止めることができない時のことを危惧して。

 

 

 

 

 

 

「あたしは……単なる道具……」

目の前の、あたしを造ったと、あたしは本物のリナ=インバースではないと言う魔族を見つめてあたしは呟いた。

―――あたしがリナのコピー。

 

ばっ、と思わず隣にいたアメリアよりも誰よりも、少し離れたところにいたガウリイの方を見た。

 

 

 

わかっていたはずだった。

あたしはあたしでない可能性があることなんて。

リナ=インバースのコピーかもしれない、なんてガウリイに会う前からそんな『可能性』知っていたはずだった。

だから必死に、誤魔化してきた。

彼のあたしを見つめる瞳、声。

はっきりするまでは受け止めてはいけない。

望んではいけない。望むような感情に気付いてはいけないって言い聞かせてたのに――――

 

 

実際そうであった場合この感情をどこにやればいいかなんて考えてなかった。

 

 

 

彼の瞳は悲痛な表情であたしを見つめていた。

 

 

あたし・ガウリイ・アメリア・そして助けに加わってくれたゼルガディスとで目の前の敵を倒した。

ふう、と一息ついたところでガウリイが傍に来る。

今のあたしにとってそれは恐怖や絶望でしかなかった。

やめて。

あたしは―――。

 

「――――」

何か言おうとして口を動かしたものの声にならないようだった。

もしかしたら名前を呼ぼうとしたのかもしれない。

 

『リナ』

 

あたしのものではないとわかった名前を。

 

 

「だいじょうぶ、か」

かすれた声で。

彼は一言だけそう、今のあたしに言った。

それは今まで聞いていたことばと同じなのに―――一番切なさに満ちていた。

その分あの、優しく愛おしく感じられた部分は消えていて。

 

 

どうしてこの期に及んでまでリナに向けたときと同じことばを彼はつむいだのか。

驚きと、痛みがあたしの中に広がった。

 

 

大丈夫?何が?

優しくしないで。

構わなくて、もういいから。

 

 

「……大丈夫よ」

 

――あれだけ聞いていたはずなのに、初めてきちんと彼のそのことばに冷静に答えた気がした。