Short Story(not SFC)-短い話-

カウント・ダウン



――彼の何も考えないところは優しさから来ているのでは、と思うことが時々ある。

 

 



 

 

「おい、リナ」



街の中をただ歩いていくあたしを、後ろから相変わらずの何も考えてない顔で、ガウリイがついてきながら声をかける。

あたしは早歩きしているのだけれど彼の歩幅ではさほど早くない足取りで。

後ろを振り向かなくてもそれがわかって、なんとなく腹が立つ。

彼の声には反応せずあたしはひたすら先を歩く。



「なあ」

「……何よ?」



あんまりにしつこいんで振り向かずに歩いたまま応えてみる。

けれどそれはやはし間違いで。



「やっぱしお前さん何かに怒ってるのか?」

「違うし怒ってない」

きっぱしとあたしは言ってやはり先を歩いた。

 



―――時は少し前にさかのぼる。

あたしとガウリイは数日前、護衛の依頼を受けた。

とある貴族の令嬢の、親戚の家から自分の家のある街に帰るまでの道のりの護衛。

行きは親戚とかがいたので平気だったが帰りは女一人心もとないので、とのこと。

丁度あたしたちがまあなんとなくこっちに行こうかと足を向けている方向だったのと、結構な額の報酬だったことから引き受けた。

そこまではまあ、よくあるわけでもないけどそこそこある展開。



彼女―――チェシルさんはあたしより少し年上、といったところだろうか。

腰まで伸ばした黒い髪におしとやかな立ち振る舞い。性格も落ち着いていてとても女らしいひとだった。

彼女、声をかけてきた時からどーやらガウリイに気があるようで妙に彼を気にしていた。

そこまでもとりあえずいい。

それで傍にいるあたしを眼の敵にするとか、やたらつっかかってくるとか、そーゆーのがあるんならともかく別にそう言うこともなく、ただガウリイを見ていただけだったから。



そして今日、彼女の家のあるこの街にたどりついた。

家に着いて、あたしが執事から報酬をもらっている間、彼女はあたしから離れたところでガウリイに小声で言った。

「あの…ガウリイさん。よろしかったら今日の夕食、うちで御一緒しませんか?」

「え?」

……普通のひとなら聞こえないだろう。けれどあたしの地獄耳はその遠くに聞こえた声を聞き取ってしまっていた。

ガウリイが遠くからこっちを見る。

「えーっと……リナもいっしょでいいのか?」

「…え?……えーと……」

ガウリイの台詞に困ったように、そして少し悲しげな顔をして戸惑うチェシルさん。

そして。

「リナ、どーする?」



当たり前のように。

あたしの耳に入ってしまったのに気づいていたのか。

ガウリイは、何も考えてない様子のままその場であたしに訊いた。

いつもなら、食べ物がらみなら、あら悪いわね、とチェシルさんの思惑無視してその話にあたしは参加していたと思う。あたしも夕飯をいっしょにしたと思う。

けれども、彼女のあたしを見る瞳が、あからさまではないにしろどこかで何かを責めているみたいに見えた。



「いいんじゃない?あたしは宿のほうで食べるからあんたは残ったら?」

つとめて冷静にあたしは言った。その言葉に少し笑顔を取り戻す彼女。

けれどそれに今度はガウリイが戸惑った表情。

「どーしたんだ?お前さん具合でも悪いのか?」

「別に」

「リナが宿で食うならオレもそっちでいいや。悪いけど、チェシルさん」

「……」



あたしが―――もっと『子供』だったらそんなガウリイに喜べたのかもしんない。

当たり前のようにあたしの事考えて。あたしの意見求めて。あたしの回答を待って。

それを『独占』と勘違いして、勝ち誇った気分になれたのかもしれない。

けど今のあたしはそこまで幼くもなくて。

彼のその当たり前のような行動に表に出さないもののむしょうに腹が立った。

彼女の責めるような瞳が嫌だった。



 

 

保護者と被保護者。

たぶん変わることのない彼の考えるあたし達の、立場。

だからあたしを優先するのはわかる。あたしから目を離すのは保護者としては失格だと思っているのかもしれない。

けれど意見までを求めるのはあたしからしたら無神経で、卑怯なところ。

ガウリイはいつも何も考えない。考えようとしない。

あたしが考えるから、という。

そこまではあたしには言ったりできる立場じゃないはずなのに。



―――たとえば彼がここで自分で考えて、残る、という決断を取ったなら。

それはそれでいいんだと思う。あたしにはそれを何か言える立場じゃあないから。

それこそ一晩泊まってあたしのとこに帰ってきたとしてもたぶんあたしには何も言えないし、怒らない。

怒らない、と思う。たぶんきっと。まあその分別のこと持ち出して怒るかもしんないけど。無断外泊だ、とか。



逆に何も訊かずにあたしの所にいることを考えて選んでくれたのならきっと喜べた。



けれどガウリイはあたしが何か言うのを待って、あたしに合わせる。



それは『独占』じゃなくて単なる『束縛』だ、と思う。

きっと子供が自分に振り向いてほしくて訴えて、親の自由をわざと奪うのと似ている。

だけどあたしはそれを望んでないし、だからこそ考えてほしいのに。

チェシルさんの瞳が責めているようにどこか見えたのはあたしの中でどこかでそう思っていたからかもしれない。

いつものことなのに。今更ながら気になったのは。腹が立ったのは。



彼がいつも何も考えないのは、あたしへの優しさのつもりなのかもしれない、と時々思う。

子供に対する甘やかし。

けれどそれに笑えるほどあたしは子供じゃなくて。

彼の考えるあたし達の立場を、どこかで重く感じる自分がいて。



 

「リナ」

なだめるように、優しい声で――もう一度あたしに呼びかける。

今度は足を止め、振り向いて彼を見た。

「……何?」

上目遣いで睨んでみる。どこか困ったような表情。

手に追いきれない子供をあやすのと同じ。



あたしが―――その彼の行動に似合うくらい、まだ『子供』なら。

逆に―――そんな『優しさ』が要らないくらい、要らないと誰もが思えるくらい『大人』だったら。



「今日の宿どーするんだ?」

「……」

「なあ」



もう少し――――お願いだから。



「たまにはあんたが考えなさいよっ」

「へ?」

「たまにはあんたが考えて決めろって言ってんのっ」

さっきの事も含めた思いで、あたしは声を出す。



あたしにまかせないで。

あたしを甘やかさないで。



「……けどオレが決めるよりお前さんが決めたほうが確かじゃないか」

やはり何も考えてないように言うガウリイ。

それは信用している、と言う意味もあるんだろうけれど。

それより。



「たまには考えて動いてくれないとどっちが保護者だかわかりゃしないじゃないっ」

こう言えば、彼がこだわる『保護者』を出せば気づいてくれるんじゃないか、と思いをこめて言う。

するときょとんとしてあたしを見る。

左手を伸ばし、あたしの頭にぽん、とやって何故か苦笑いして言う。

「……まあ。どっちでもいいじゃないか」

「いいわけあるかあっ」

思わず怒鳴るあたし。

自称『保護者』がそのあたり投げてどーするんだオイ。

それとも、そんなのは立場とは関係無い、と言いたいんだろうか。



「お前さんが間違った方向行ってると思ったらちゃんと動くし意見言うぞ?オレは」

「………」

それすら無かったら既に『保護者』と言える要素はないんじゃないかと。

思わず頭を押さえる。



「で。宿どーする?」

満面の笑みのガウリイ。

はふ…。

これ以上言っても無駄だと思いあきらめてあたしはため息をついた。



きっとこれからもずっとあたしは同じ事を言いつづけるのだろう。

彼があたしに任せる限り。

――――あたしたちが、一緒にいる限り。

剣を探すと言う『理由』が無くなったとしてもきっとあたしは『理由』を探すから。



そしてきっと彼のほうは、その行動を変えたりしないから。

けれどあたしはもう『子供』になれないから。

彼の考える『子供』にはなれないから。……きっと、自覚している以上。

だったら『大人』になる方向に行くしかない。

『子供に対する優しさ』が、要らないとガウリイが思えるくらい『大人』に。

彼を無意識に『束縛』させないような、けれどいっしょにいられるような『大人』に。



「じゃあ、あの宿にしましょ。それでどう?」

「いいんじゃないか?」

ほら、となんとなく彼の背中を押してあたしは先を歩かせ、後ろを歩く。



「……あんまし子供だと思ってまかせてると、逃げるからね」

彼に聞こえないように挑戦状を、小声でつぶやいてみる。



あたしが『大人』になったとき、そのことに気づかなかったら。

気づかなかったことを後悔するように、その時は逃げてやるから、と。

――――本当に逃げられるかはさておいて。



カウントダウン。

いくつからはじめればいいのか。

自分でもわかんないそれは、どこかで始まってる気がした。



 

3・2・1