10 of us die from converting -変換してから10のお題-
02.あめ(アメ)
「そんなわけで。今日から強化週間に入りたいと思います」
『は?』
あたしと相棒のガウリイは、彼女の脈絡のないその言葉を訊き返す。
彼女。セイルーン王家の姫で、フィルさんの娘のアメリアさんである。
いろいろあってあたしたいの旅に着いて来ることになったのだ。
んで。いつもどーり宿の食堂で夕飯をとり、食後の紅茶を飲んでいたら彼女がおもむろに口を開いたのだった。
「…何が?アメリアさん」
「それよっ!」
やたらおおげさに、びしっ!とポーズをとり彼女はあたしを指さす。
あの。めちゃくちゃ周りに注目されてて恥ずかしいんですけど。
「オトモダチなんだから、呼び捨てにしてって言ってるのにっ。リナさ…リナってばいつまで経っても呼び捨てしてくれないんだものっ」
…あー…。
いや。そーしよーとは思ってはいるのだけれど、いかんせん、セイルーン王家の姫を呼び捨てすることにいささか抵抗があってなんとなくずるずるとそうなってる。
郷里の姉ちゃんから、そのへんの礼儀はしっかりしろと散々言われてたからかもしんない。
実は悪人だとかならば平気で呼び捨て扱いできるのだが。
「ガウリイさんなんか、なあ、おい、ってこんなにフレンドリーなのにっ」
いや。それは。
「ガウリイ。あんた彼女のフルネーム覚えてる?」
ぱたぱた手をふりながら苦笑しつつガウリイに話を振るあたし。
ちょっと前のセイルーンでの事件の際あたしたちはちゃんと紹介されたはずなのだが。
「えーと。アメ…アメ…あれさっきなんて呼んでたっけリナ?」
「既にそこからッ!?」
自分の長いフルネームをガウリイが覚えられてないことは最近彼と付き合って予想がついてたらしいけど、まさかここまでとは思わなかったらしく衝撃の声をあげる。
いや。あたしも実はホントにそこまでしか覚えてなかったとは思ってなかったけど。
「いやあ、どーも長い名前は」
頬をかいて申し訳なさそうな顔をするガウリイ。
4文字が長いんだ。
「ガウリイさん、よく自分の名前覚えられましたね」
じと目であたしと同意見を述べるアメリアさん。
「リナは覚えやすいよな。すぐオレ覚えたし」
毎日自分の名前連呼させられてたし、と言いながら、どこかうらやましげにあたしを見るガウリイ。
困った顔をしつつあたしは答える。
「そりゃまー、2文字だしね」
もしかして3文字以上だったら未だにあたしの名前覚えてなかったりしたのだろーかこの男は。
ひょっとして、シルフィールに対してあまり距離を近付けてなかったよーにちょっと思ったのだが名前の長さで苦手なんじゃ…。
「ともかく。わたしもまだ、定まってなくてうっかりリナさん、って言っちゃうことがあるし。ここは一つ強化特訓した方がいいと思うの、三人で」
「いやあの特訓て。何する気デスか?」
さっきガウリイさんが子供の頃やってたことよ、とアメリアさんは言う。
「毎朝それぞれの名前十回は本人相手でも部屋で一人ででもいいから連呼」
はっきし言って何をやってるんだ、と思う。朝からまた律義に。
「…ガウリイガウリイガウリイ。アメリアアメリアアメリア…」
指折り数えて呪文のように唱えるあたし。
阿呆らしいとは思うのだけど、さぼると何故かとたんに彼女にばれて食堂とかその場でやらされる。しょーじきそっちのが恥ずい。
…まさかあたしの部屋盗聴してるんじゃあ…?
ガウリイを呼ぶのは最初からあたしは呼び捨てにしてるわけだし何も連呼しなくても、と省くことを提案したのだけれど却下された。
ミョーに嬉しそうにそれじゃ不公平だものとわけのわからないことを言う。
逆もしかりでガウリイもあたしの名前を省くことはできないらしい。
…特訓になるんだろーか。これ。
「おはよー、アメリア」
身支度を終えて食堂に向かうと既に彼女がいた。
別に特訓の成果、というわけでないけれど彼女の提案から数日後、呼び捨てできるようになった。
要は呼び捨てしてそれに慣れればこんな特訓必要としないわけだし、と思ったのと、こーゆー提案するとことか行動で段々王族であることを忘れてきたのもあって。
「おっはよーリナ。今日天気あんまりよくないみたいだけどどーする?結構長い森突っ切る予定だったでしょう」
「そーねー…」
あたしが席について注文し、なんてことはない会話をしている中ガウリイが遅れてやってきた。
「あ、おはよう。注文はあたしたち済んでるからね」
「早いなー。リナも、…ええと、アメ…も」
オイ。
「ア・メ・リ・ア」
アメリアが一字一句丁寧に言う。
あー、と思い出したように言うガウリイ。そして、あのさ、と言う。
「アメじゃ駄目なのか?二人とも同じ文字数な方が覚えやすいんだけど」
「あんた同じ文字数とかじゃなくて短いほうがいいだけでしょーが」
呆れてあたしは言う。
それ言ったらこっちは呼ぶ相手二人とも4文字でそろってるけれど、だからって彼がたとえばこの文字数で覚えなきゃならないって状況で覚えやすいかはまた別だろうし。
「だってリナに慣れてるから。リナと同じに揃ってた方がいいじゃないか。だからオレ、リナリナリナ、アメアメアメで復唱してたから」
「あ、なるほど」
予想外にもガウリイのその面倒くさがりを極めたことばに納得するアメリア。しかもあたしとガウリイを交互に見てしみじみと。笑みすら浮かべて。
……なんかまた思いついたのか。っていうかなんで納得するかこれに。
「ガウリイさんの気持ちは痛いほどわかるんだけど。でもやっぱりちゃんと名前で呼ぶことが正義に繋がると思うのよ」
愛称とかあだなで呼ばれる習慣が環境としてなかった、と言っていた彼女らしい台詞。名前を短くするのには抵抗があるらしい。
でもわかるって何が。
「じゃあリナの名前はいくらでも呼びすぎてるみたいだから。ガウリイさんの特訓はわたしの名前だけ、ということにしましょ。駄目?リナ」
「……ってゆーかなんであたしに……」
許可を求める?と言おうとして彼女の含み笑いに、彼女の言いたいことに、彼女の言葉を頭の中で反芻して気づく。
あ。
「……別に。好きにしたら」
さりげなさを装いながら、なんてことないようにあたしは自然に2人から顔を背けて言う。
きょとんとするガウリイにくすくす笑うアメリア。
別にガウリイの言う言葉に深い意味なんてない。
アメリアとあたしなら一緒に旅をしている歴が長い分だけあたしを呼ぶのに慣れてるだけ。
きっとうちのかーちゃんが、先に生まれた分だけルナの名前を呼ぶのに慣れてるから、と言ってあたしの名前をうっかり言い間違えるのと同じだ。
けど。
「怒る?リナ」
「何が」
ガウリイが食事を注文している間にこそっと小声で聞いてくるアメリア。
「ガウリイさんがわたしの名前早く覚えてくれれば特訓すぐやめて。リナの名前呼ばせてあげるから。我慢してね」
「あーのーねー」
いくらあたしだってそこまで幼くない。
大体この男は保護者、と言いつつ自称なのだ。
保護者が別の子(たとえを続けるなら妹)の名前を呼ぶのに徹底したからってどうだというのか。
こっちの名前を呼んで、構ってなんて言う様な子供じゃないし、それに対して怒るほどあたしは彼を保護者として徹底させてなんてあげてない。
子供なんだ、とからかってもらっては困る。特にほぼ同い年くらいなのに、アメリアは。
呆れた顔をするあたしにやはり話に入ってないせいできょとんとするガウリイ。
それに楽しそうにするアメリア。
その後ガウリイがちゃんとアメリアの名前を覚えるのはそれからそんなに日は経たずしてで済んだのだけれど。
その時生まれたような気がする自分でもわからないもやもやとか、アメリアが、からかおうとしていた本当の意味だとか。
気づいたのはアメリアとの旅も終えてそれぞれ別の道を行ったかなり後のことだったのだった。
結局彼女にからかわれ続けてたのも仕方ないのが悔しかったり。